さん

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「やだ、どうしちゃったの、この子。ごめんね、いつもはこんなふうにならないのに」  突然泣き出した娘にとまどい、奈々ちゃんママは慌てて抱き上げた。 「早くかえろう、ママ」 「ごめんね、愛美ちゃんママ。また明日」 「うん、また明日ね」     帰っていく奈々ちゃん親子を見送った。奈々ちゃん、なんともないといいけど。 「愛美、奈々ちゃん早く元気になるといいね」  呆けたように立ち尽くす娘を気遣い、頭を撫でた。 「大丈夫だよ。『おきゃくさま』が怖かっただけだから」 「おきゃくさま? お客様なら、今帰ったじゃない」 「奈々ちゃんじゃなくて、その前のおきゃくさま」 「だから、さっきのは愛美のみまちがいよ?」 「ううん。いるよ? だってママが『おむかえ』したじゃない。『いらっしゃい』って。だから家の中にいるよ?」 「へ、へんなこと言わないの! うちにママと愛美以外は誰もいないわ」  私は娘の手をひっつかむと、家の中に入った。しんと静まった家は、いつもと変わらない。けれど今日の静かさは、どこか不気味だった。  勇気を出して家中をくまなく探したが、誰もいない。当然だ。鍵は常にかけてあるのだから。 「愛美ちゃん、誰もいないわよ! 冗談(じょうだん)は止めてね。怖くなるから」  愛美は私をちらりと見ると、すとんとテレビの前に座った。 「もう、こんな時に冗談なんかいって。パパは明日まで出張なのに」  ぶつぶつと文句を言いながらエプロンを手に取り、(ひも)を腰に回した時だった。  また娘が唐突に呟いたのだ。 「いるよ?」 「いい加減にしなさい! 誰もいないでしょ?」 「だっているもん。ママの後ろに。『おきゃくさま』」 「え……?」   背中に気配を感じる。さっきまで何も感じなかったのに。 「『おきゃくさま』ね、しあわせそうなこの、いえのかぞくと、いれかわり、したいんだって。ずっと見てるだけだったのに、ママが『おむかえ』したから」  見慣れたはずの娘は恐ろしい形相となり、にたりと笑った。   「ま、愛美」  その瞬間、肩に誰かの手が置かれた。 「ひ……」  おそるおそる振り向いた瞬間、私によく似た『おきゃくさま』はにたりと笑った。  声がならない叫び声をあげながら、私の意識はゆっくり遠のいていき、そのまま目覚めることはなかった。            了
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