第3話「転売と海外製」

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第3話「転売と海外製」

 2040年、某日、GBN内の宇宙エリアにて。黄金の鎧を纏うMSと、白いMSが激戦を繰り広げていた。幾多ものビームライフルによる閃光が瞬き、漆黒の宇宙を明るく照らす。 「このMSはっ……!!」 黄金のMS——シルベリアアストレイがビームライフルを発射し、白いMS——おそらくはウィングガンダムゼロカスタムと思われる機体を攻撃する。 (…………ッ!)  底知れぬ敵の強さにエリック・オースティンは焦っていた。汗が頬をつたい流れていく。戦闘が始まって数十分たっただろうか。なのに一度も攻撃は命中していない。反面、敵のビームライフルは直撃を免れているものの、何度か食らってしまっている。ビーム耐性を有するクレイドルアーマーを装備していなければ、中破していただろう。手練れだ、とエリックは理解すると同時に弾数の少ないビームライフルを敵に投げつける。そのまま腹部に内蔵している拡散ビーム砲を放ち、先程放り投げたビームライフルを爆破させ目眩しを掛けながら敵に接近する。同時に、両手、両腿の隠し腕を展開し得意とする4刀流でウィングガンダムゼロに斬りかかった。 (これならどうさッ!避けられまいっ!……なっ?)  斬撃を放った後、爆風が晴れていく。手応えを感じたがそれは誤りだった。ウィングガンダムゼロはエピオンのビームソードを装備していたのだろう。圧倒的な太さと出力の光が4本のビームサーベル全てを防ぎ切っていた。  機体の性能もさながら、恐ろしい操縦技術にエリックは震えた。敵を抑えたと思ったが、これでは自分が抑えられてしまっている。 (なんだこのファイターは?)  エリックは決して弱いプレイヤーではない。世界大会に出場する程の猛者である。しかし、このガンプラに対しては全くと言っていいほど無力だった。ウィングガンダムゼロはビームソードを上段に構えると、そのまま大振りに切り裂く。間一髪、エリックは後方に避けたが、隠し腕が切り落とされた。爆発の光と共に更に大きく後方に吹き飛ばされる。 「君!すごい操縦技術じゃないか!良ければ、君とそのガンプラの名前を教えてくれないか!?」  後方に吹き飛ばされたエリックが相手に問う。さぞかし強いプレイヤーなのだろう、さぞかし素晴らしいガンプラなのだろう、と。しかし、相手の反応は意外なものだった。 「…………ガンプラ?ああ、このガンダムのこと?」 「……え?」 あまりにも意外過ぎる相手の言葉に、思わず面食らう。 「君も、いつまでもこんなガンダムなんか好きになってないで、現実の世界を充実させなさいよ。」 スピーカーから流れてくる声は、大人の男の声だった。 「なっ……何を言っているのさ!?」 エリックは驚きのあまり動きを止めてしまう。敵は、呆れた様子でエリックに話しかける。 「はあ……俺のこのガンダムも、海外製さ。日本では作られていないガンプラ……だっけ? これはいい収入になるんだ、ガンプラってね。新作のキットが出たら転売してもいいし、海外製のキットを取り寄せてバトルに出てもいい。」 「…………そんな事をして、楽しいのか?」 「気楽な学生さんには分からんさ。ガンプラはいいぞ。せどりも楽だし、オタク共に高く売りつける事が出来る。」 ウィングガンダムゼロがビームソードを押し付ける。違法に出力が上げられた攻撃は、悔しい事にシルベリアアストレイよりも上だった。 「あなた達のせいで、本来買いたかった人達に届かないんだぞ……?しかも海外製なんて……違法行為じゃないのさ!?」 鍔迫り合いになりながら、エリックが悔し紛れに相手に問いかける。 「知らんね。俺は稼げればいい。オタク君達の事なんてどうでもいい。現に、俺のこのガンダムに君は押されているじゃないか。エリック・オースティン君?」 (ボクを知っているのか……。) 「金持ちの君がね、俺は気に入らないんだよ。俺だって学生時代は好きだったさ。だけどな、大人になると眩しいものが苛立つ時がある。大人気ないが、君を墜として俺はガンプラを辞める。そしてガンダムの知識を生かして転売に精を出すさ。」  世の中を諦め切ったかの様な男の言動が、宇宙エリアに虚しく響く。 「…………そんな悲しい事を言うなッ!」  シルベリアアストレイがイーゲルシュテルンを放つ。僅かではあるが、初めてウィングガンダムゼロにダメージを与えられたようだ。  彼は何よりも悲しかった。転売行為が行われているのは知っていたが、それがこうしてガンダムを好きな者によって実行されていたという事実が、エリックは無性に悲しくて仕方がなかった。   「悲しい?ああ、確かに悲しいんだろう。 だけどな、もういいんだ。」  ウィングガンダムゼロが後方に下がり、距離を取る。両腕でツインバスターライフルを構えると、エリックを撃つべくチャージを始めた。ツインバスターライフルはその圧倒的な火力を持つ反面、射撃までに時間がかかることが弱点であった。キィン……というチャージ音は、まるで男のすすり泣きの様で耳障りに聞こえた。 「君はプレイヤーじゃない!」  シルベリアアストレイが宇宙を駈ける。背部に増設されたブースターを全力で噴射し最高速度でウィングガンダムゼロに迫る。迎撃せんとウィングガンダムゼロがマシンキャノンを放つ。隕石すら容易く破壊する威力は、もはやマシンキャノンと呼べる代物では無かった。不法に改造が施されたのだろう。エリックは背部のクレイドルアーマーの装甲を腕に集中的に被せる。サイコミュによって遠隔操作されたクレイドルアーマーが簡易的なシールドとなる。マシンキャノンがそのシールドすらもズタズタに引き裂くが、エリックは止まらない。弾切れからか、マシンキャノンの攻撃も止んだ。 「良くやる……だけど、これでおしまいだ。」  キュウウン……という溜めの音が聞こえた後にツインバスターライフルが発射された。圧倒的な破壊力を持つ閃光が宇宙を煌々と照らす。光に呑まれたデブリが瞬時に蒸発し、シルベリアアストレイを襲った。 (諦めない!諦めてたまるものか!)  エリックは奥歯を噛み締め、目の前の敵に集中する。不思議な事だが、脳裏によぎるのは彰人や総一郎達と過ごした楽しい日々だった。彼はどんな逆境でも決して諦めなかった。弱気な性格の男だと侮っていた総一郎は自分の弱さを受け入れ強くなった。その2人の友人として、そしてガンダムを愛する一人の人間として、エリックは負けられる筈が無かった。  ツインバスターライフルの閃光がシルベリアアストレイを呑み込む。傷つけられたシールドと被弾が重なっている右手が真っ先に融解した。各部のクレイドルアーマも徐々にビームの熱に耐えきれず、徐々に溶け始める。だが、光の中にウィングガンダムゼロの影がちらりと写る。少し、少し踏ん張れば敵に届きそうだ。だが、このままでは持ち堪えられそうには無い。 (もう少し……!もう少しなんだ!!待ってくれ!クレイドル!!)  ぎしぎしとガンプラが悲鳴をあげている。 シルベリアアストレイがバラバラになるのも時間の問題だろう。 (アレを使うしかないか!)  絶望的な状況下で、ある秘策が頭を過ぎる。それは一か八かの賭け。避けられた場合、彼に勝ちはない。だが、今は賭けるほか無かった。 「呆気ないな……。」  男は眼前に広がる光を眺めながら、自嘲げに呟く。あの世界的な実力を持つプレイヤーでも、違法改造された海外製のガンプラの前には手も足も出ない。 (無駄なんだよ。子供のアイディアが、大人の薄汚い力によって作られた機体に勝てる筈がない。)  男はかつて、GBAのプレイヤーだった。ガンプラが好きで、自作の機体を作りSNSに写真を投稿したり、フォースを作ってバトルを楽しむ事もあった。しかし、いつまでも自由な時間があるわけでは無い。  男は社会人になった。一生懸命に働き、結婚し、子供も産まれた。順風満帆な生活に思えたが、人生は甘くは無かった。  男が身体を壊し、以前の様に働けなくなると会社からリストラを言い渡されたのはあっという間だった。男は、別の仕事を探さなければならなかった。都合よく仕事が見つかるものでは無い。断られ続けるうちに、男は少しずつ壊れていった。  そして、男は転売に手を出してしまう。 1ガンダムファンとしては最悪な行為ではあると理解していたが、幸が不幸か男には商才があった。海外製のガンプラ、国内産のガンプラを転売し男は家族を養える様にはなったが、少しづつ男は精神を病んでいった。大好きな物を利用しているという事実は変わらず、良心の呵責に苛まれる。  そんな中で、男はエリックを見つけた。自分には持っていない若さ、豊富な財力が気に触る。男がエリックをターゲットにしたのはそんな些細な理由からだった。  目の前にエリックのガンプラの影が写る。ツインバスターライフルの直撃を受けたのだ。しかもこれは違法改造された機体。いくら世界大会の出場者が待つガンプラだろうと、致命傷は避けられない。せめてとどめはこの手で刺してやろうと、男がシルベリアアストレイに迫った。 「じゃあな、悪く思うなよ。」  大型のビームソードを持ったままボロボロのシルベリアアストレイに近づく。力なく宙に漂う機体に、上段からビームソードを振り下ろそうとしたその時だった。 「なっ…………!?」  両足は溶け、クレイドルアーマーも全損。プラスチックの残骸に近い状態のシルベリアアストレイの両眼が輝き、男が気づいた時にはウィングガンダムゼロは真っ二つに両断されていた。何が起きたのか判断する間も無く機体が爆散する。 「はぁ……はぁ。やっぱり来ると思ったさ。」  エリックがボロボロのシルベリアアストレイのコックピットの中で、汗を拭った。一か八かの賭けに彼は勝ったのだ。左手に隠し持ったビームサーベルが、光を失っていく。全身を犠牲にしても、左腕とビームサーベルはだけは守り、この瞬間のために隠し持っていた。最後の抵抗としての賭け。理由は、ウィングガンダムゼロの武装にある。ウィングガンダムゼロはツインバスターライフルとマシンキャノンしか射撃武装は無い。  マシンキャノンは全弾防いでいた。そのため、ツインバスターライフルを再度撃つか、ビームソードでとどめを刺すしか無い。無論、ツインバスターライフルに耐えきれないか、更に2発目を撃たれていたら負けていただろう。近づいてきた場合も、一瞬で決めなければ負ける。片手しかない状態で決着をつける攻撃。エリックはかつて彰人と戦った時の居合い切りを思い出した。あの攻撃ならば、勝機が掴めると信じたからだ。結果は、エリックの辛勝だった。 「海外製……ガンプラの転売……か。」  勝ったとしても喜びが胸に込み上げることはない。 ——敵はガンプラを愛してはいなかった。  ただの商品としてしか扱ってはいない。しかも海外製。勝ったが、エリックは何も得られはしない。ただ虚しさだけが胸を締めつける。 その虚しさは彼がガンプラを愛していたからと同時に男に対する哀れみの様な感情を持っていたから、不思議と男を恨む気持ちは無い。 ボロボロのシルベリアアストレイも直せば良い。時間ならいくらでも作る事が出来る。 「次に戦わなければならない敵、ボクのやらなければならない事が……理解出来た気がするよ。」  エリックは、黙って宇宙を見上げた。VRに映る仮想現実の宇宙は美しい。この景色とガンプラを、彼は心底守りたいという意識が芽生え始めていた。
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