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記憶が眠る村
蒸し暑さが夏の訪れを感じさせるある日、彼はこの村へとやってきた。
これまでこの村を訪れた人たちと同じく、彼も探しものをするために、ここへやって来たらしい。
「あなたも記憶を?」
「えぇ。ここに来れば見つかると聞いたもので」
彼は地面へと視線を落とし、取り憑かれたように目玉を動かしている。
この村は、無くした記憶が眠る村と言われている。実際に、探し求める記憶を掘りあて、大喜びで村を後にした人も多い。彼もそのうちのひとり。無くしたものを見つけるため、ここへやってきた。
よほど重要な記憶を失ってしまったのか、既に心神喪失気味の彼が心配になり、僕は彼を家に泊めてあげることにした。
「何か見つかりましたか?」
自身の記憶を探すため、一日中村を這いずり回った彼は、すっかり疲れ切っていた。
「おかげさまで。とある記憶の断片を見つけることができました」
「それは何よりです」
「喜ばしい記憶じゃなかったのですが……」
「と言いますと?」
食後のブラックコーヒーを啜りながら、彼は話しはじめた。
「どうやら俺は、恋人が隠れて浮気してることに気づいてしまったようです」
「なるほど……それはお気の毒に」
「前々から怪しいとは思っていたのですが……意を決し、彼女のスマートフォンを覗き見てみると、そこには他の男との生々しいやり取りが――」
男は固く口を結び、しばらく黙り込んでしまった。
「――今日、見つかった記憶の断片はそこで終わっていました。その後、どうなってしまったのか。未だに記憶は失われたまま。ただ――」
「ただ?」
「記憶が蘇った今、彼女に対する憎悪で胸が苦しくて」
「お察しします」
記憶を探す作業の疲れと、手にした記憶の忌々しさからか、敷いてあげた布団に横たわると、数分もたたないうちに寝息をたてはじめた。
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