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沈みかけている太陽は、目前に広がる田んぼを黄金色に変えている。穂が風になびく度に輝いて、俺は眩しさに目を瞬いた。
駅を出た俺は自転車を停めている駐輪場を素通りし、線路に沿って歩く。すぐ先には雑木林があった。今は木々に隠れているが、この雑木林の隣に彼女の家がある。
緊張にじわじわと鼓動が早くなっていく。シャツを持つ手には汗がにじんでいた。
落ち着け、俺。シャツを届けるだけだろ。言うセリフは決まっている。洗濯物が駅のホームに落ちていたんですけど、もしかしてお宅のじゃありませんか……洗濯物が駅のホームに落ちていたんですけど、もしかしてお宅のじゃありませんか……
訪問時の文句を口の中で唱えていた俺は、彼女の家の方向からする騒めきが全く耳に届いていなかった。
やっと人が集まっているのに気が付いたのは、雑木林を過ぎて家が見えた時である。いつもは通行人だっていないのに、どういうわけか人だかりができていた。
俺は足を止めて呆気にとられる。
なんだなんだ? パトカーまで停まっているじゃないか。
にわかに嫌な予感がした。人だかりの後方にいる初老の女性に声をかけてみる。
「あの、何かあったんですか」
急に話しかけられた女性はちょっとビックリした後、家をちらりと見た。そして、口元に手をやって声を潜める。
「自殺よ自殺! 首吊りらしいの」
若いお嬢さんなのに可哀想にねえ、と女性は片頬に手を当てる。
俺は殴られたような感覚に襲われた。
彼女が……自殺?
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