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今でも夢に見る。小学生のときに起こしてしまった傷害事件。
高学年男子の間でいじめが遊びのように流行っていることは知っていた。でも、当時四年生だった僕は特になにも思わずにすごしていた。あの光景を目にするまでは…。
「お父さん、おはよう」
「おう、なごみ。いつも自分で起きてきてえらいな」
「もう四年生なんだからできるよ」
その日の朝は、いつも通りの朝だった。先に起きていたお父さんが作った朝ごはんを二人で一緒に食べる。
ごはんを食べていて違和感があった。お父さんがいつもつけているはずの腕時計をつけていなかったのだ。
「……お父さん、腕時計どうしたの?なくしたの?」
「あ、あぁ。職員室に置きっぱなしにしたんだ」
僕が聞くとお父さんは歯切れ悪く答えた。お父さんはそう言ったけど、僕はそのときにある可能性がよぎって不安になった。
「でも、確かお父さんって六年生のクラス担任だよね?」
「そうだけど?」
恐るおそる聞いてから僕は、いじめのことは先生たちには秘密していたことを思い出して焦っていた。でも、お父さんは不思議そうに聞き返すだけで、いじめを悟られたわけじゃないとわかった僕は安心していた。
「あ、ううん。別に、聞いてみただけ。腕時計、あるといいね」
「そうだな。あれは、お母さんがくれた大切な腕時計だからな」
慌ててはぐらかした僕に答えるお父さんは悔しさを抑えるかのようにこぶしを震わせていた。
その腕時計がどうなったのかは、その日学校に行くとわかった。
放課後、腕時計がどうなったのか気になった僕はお父さんが担任をしている教室に来ていた。でも、お父さんは教室にいなかった。教室にいた人に聞くと、いじめをしていた男子たちとどこかに行ったとのことだった。
ダメもとで外に出た僕はすぐにお父さんを見つけることができた。プールにつながる廊下のほうにいた。
『…なんで、こんな入り組んでるところに……』
「気に食わなかったんだよなぁ」
僕が見つからないように隠れながら考えていると、一人の男子が前にいるお父さんにむかって言う。それで、僕は可能性は間違ってなかったと思った。
「先生さぁ、ノリ悪いし先生なのにオドオドしてるし、いじめのことも薄々気づいてたみたいなのになにもしてねぇじゃん」
「なのに、変なところが真面目だよな」
ほかの男子たちも口々に話す。
『えっ、お父さんはいじめに気づいてたの!?』
僕は目を丸くして、黙っているお父さんを見る。お父さんは体を震わせていた。
「そんな先生にこれ、プレゼント」
黙ったままのお父さんをよそに一人の男子がポケットから取り出したのはお父さんの腕時計だった。男子たちは地面に落ちたそれを踏みつけるために足を振り下ろそうとした。
「やめろっ…」
お父さんがそう叫ぶのと僕が駆け出して男子たちに体当たりをするのはほぼ同時だった。
「うわっ、だれだよ!?」
倒れて叫ぶ男子たちだったけど、ものすごい表情で彼らの前に立つ僕に驚いて黙ってしまっていた。お父さんも驚いていたみたいで、なにも言わない。
「……ねぇ、ぼくのお父さんになにしているの?」
僕はそう言いながら、男子たちを傷つけたんだ。
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