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2.秘密の文通
数ヶ月後。
ローダさんの予想通り、本当に勇者様一行がこの村を訪れました。
けれど、彼らがフォルスト村を訪れたのは休息やアイテムの補充等といった理由ではありませんでした。
そう、事もあろうに勇者様が重傷を負って村に運び込まれてしまったのです。
聞いたところによると、彼は──勇者ロイドは、『クローベア』という魔物に襲われたそうです。
私は、その魔物について血眼になって調べました。
その結果、クローベアはこの地域に生息する危険な魔物だということが判明しました。
というのも……その魔物が持つ爪で切り裂かれた者は、難治性の麻痺に苦しめられ自由に体を動かすことができなくなってしまうらしいのです。
噂によると、ロイド様はクローベアの攻撃を受けたことによって右足が麻痺し、戦うどころか歩くこともままならなくなってしまったそうです。
今、彼は村の宿屋で療養に専念しています。
とはいえ、難治性の麻痺なので普通の治療薬や治癒魔法では治りません。
このままでは、ロイド様とその仲間達は魔王討伐の旅を続けることができなくなってしまいます。
ひいては、この世界の存亡に関わってきます。
勇者の力なしでは、魔王を倒すことなんて到底できません。
きっと彼は今頃、歯がゆく──そして、心苦しく思いながら自分自身を責めていることでしょう。
なんとかして、ロイド様の力になりたい。
けれど、残念ながら……どれだけ調べても、彼が患っている症状を完治させる方法はわかりませんでした。
──少しでも、ロイド様の力になりたい。
そんなことを考えているうちに、気付けば私はロイド様が滞在している宿屋の近くまで来ていました。
ふと、一階の角部屋の窓が開いていることに気付きます。
部屋の中にいたのは、なんとロイド様でした。私は、慌てて木陰に身を隠します。
ロイド様は、凛々しい面持ちの好青年といった風貌をしていました。
窓から入ってくる優しいそよ風が、彼の柔らかな栗色の髪をなびかせます。
その凛とした姿に、私は思わず見入ってしまいました。
──でも、どこか憂いを帯びていて悲しそうです。やっぱり、責任を感じているのでしょうか……?
その日の夜。
私はペンを執り、手紙をしたためていました。
なんとかしてロイド様を励ましたい。でも、化け物のような姿をした私が出ていけば、彼に不快な思いをさせてしまう。
その結果、思いついたのが手紙を渡すことだったのです。
『初めまして、勇者様。あなたがこの村の宿屋で療養されていると聞いて、居ても立っても居られなくなりこうして筆を執りました。何のお力添えもできませんが、少しでも気が楽になればと思いこの薬草をお届けします。どうか、ご無理なさらずに……』
そして、書いた手紙と先日森で採取した薬草を持って再び宿屋に出向きました。
この薬草は、優れたリラックス効果と精神を安定させる効果を持っています。
せめて、一時的にでも心が楽になればいいのですが……。
勇者様がいる部屋の前まで歩いて行くと、窓は閉まっていました。
だいぶ暖かくなってきたとはいえ、夜はまだ冷えますし、不用心なので閉めたのでしょう。
私は、植木鉢が乗っている木の窓枠にそっとしたためた手紙と薬草を置きました。
部屋の中を覗くと、ロイド様はぐっすりと眠っていました。
窓枠に置いた手紙と薬草に気付いてくれることを祈って、私はその場を立ち去ります。
翌朝。
様子を見に行くために、私は自分の店を開店する前に宿屋に出向きました。
すると、昨夜窓枠に置いた手紙と薬草はなくなっていました。
ロイド様が気付いたのか、それとも宿屋の主人が回収したのか──いずれにせよ、無視をされていないことは確かなので私は一先ず安堵しました。
***
それからというものの、私は数日ごとにロイド様のもとに手紙と薬草を届けに行くようになりました。
もちろん、直接会うわけにはいかないので、彼がいない時を見計らって窓枠にそっと置いておくだけです。
後で確認しに行くと、いつも手紙と薬草がなくなっていたので、きっとロイド様は受け取ってくれているのだと思います。
そんなことが続いたある日のこと。
ふと、窓枠に封筒らしきものが置いてあることに気付きました。
私はその封筒を手に取り、中に入っている便箋を取り出します。
『いつも手紙と薬草をありがとうございます。薬草を煎じて飲み始めてからは、体の調子がとても良いです。これも、あなたのお陰ですね』
信じられないことに、ロイド様から手紙の返事が来たのです。
その手紙を読んだ瞬間、私は驚きと嬉しさで胸がいっぱいになりました。
「……!」
嬉しさのあまり声が出てしまいそうになりましたが、私は何とか口を手で押さえます。
そして、その日は喜びを噛みしめながら帰路についたのでした。
それからも、私達の手紙のやり取りは続きました。
何気ない世間話、この村のこと、ロイド様がこれまでしてきた旅のこと──本当に、色々なことを話しました。
ある日、ロイド様からこんなことを尋ねられました。
『あなたの名前を教えていただけませんか?』
──どうしましょう……。ついに、名前を聞かれてしまいました。
でも、考えてみれば当然です。
普通の人間なら、自分に手紙や薬草を頻繁に届けに訪れる人物のことが気にならないはずがありません。
悩んだ末、私はこう返事をしました。
『シェリーと申します。勇者様を尊敬する、しがない村人ですよ』
シェリーというのは、私の愛称です。
流石に本名を教えるわけにはいかなかったので、誤魔化してしまいました。
愛称とはいえ、天涯孤独となった今となっては誰もその名を呼ぶ人はいないのですが……。
ロイド様の返事はこうでした。
『シェリーですか……素敵な名前です。ところで、あなたは女性だったのですね』
手紙を読んだ瞬間、私は「あっ」と思いました。
シェリーという名前から、きっと彼は女性だと悟ったのでしょう。
一瞬、焦りましたが……でも、きっと大丈夫。
シェリーという愛称と、女性という手がかりだけで手紙の主が薬屋の店主だと勘づくことはないと思います。
小さな村とはいえ、同じ年頃の若い女性はたくさんいますし、届けている薬草だってそう珍しいものではないからです。
別に薬師でなくとも、簡単に見分けて採取することができます。
聞けば、ロイド様は十九歳なのだそうです。
同年代ということもあり、それからの私達はますます話が弾みました。
そんなふうに暫く手紙のやり取りをして、だいぶ親交が深まった頃。
今度は、こう尋ねられました。
『あなたは、どうして僕に直接会いに来ないのですか? 何か事情があるのですか? ぜひ、あなたにお会いしてみたいです』
私は、返答に困りました。
いっそのこと、「実は昔、魔物化の呪いをかけられてしまったので、とても人様にお見せできるような姿ではないのです」と正直に言ってしまおうか。
そう思いましたが……結局、私は彼に真実を伝えることはできませんでした。
嫌われるのが怖かったし、何より──本当のことを言えば、この関係が終わってしまうような気がしたからです。
我ながら、本当に欲深いなと呆れてしまいます。
何故なら……私はこの関係を終わらせたくないどころか、いつしかロイド様に対して恋心のようなものを抱いていたからです。
表現が曖昧なのは、これまで誰にも恋をしたことがなかったからです。
だから、憶測ではありますが……きっと、これが恋という感情なのでしょう。
もし私がこんな感情を抱いていることが他の村人達に知れ渡ったら、「化け物のくせに人間に恋をするなんて生意気だ」と罵られ、ますます迫害を受けることになるでしょう。
けれど……私は、どうしても尊敬と恋心が入り混じったこの複雑な気持ちに蓋をすることができませんでした。
だから、こう返事を書いたのです。
『実は私、とても人見知りなんです。なので、心の準備ができるまでどうか待ってもらえませんか?』
後ろめたさを感じながらも手紙をしたためると、ロイド様は「待っています」という返事をくれました。
そんなやり取りがあった数日後。
私は、ロイド様がパーティーメンバーの女性と話しているところを目撃してしまいました。
神官のような純白の衣装を纏った、美しい銀髪の女性です。
──あれは、もしかして……聖女ベル様でしょうか……?
恐らく、パーティーのヒーラーを務めているのは目の前にいる女性なのでしょう。
ロイド様とベル様とおぼしきその女性は、とても仲睦まじく見えました。
もしかしたら、彼らは恋人同士だったりするのでしょうか。
誰がどう見ても、お似合いの二人です。
──よく考えたら、恋人がいてもおかしくないですよね……。私は、一体何を勘違いしていたのでしょうか……。
手紙を通して仲良くなっただけで、舞い上がってしまうなんて。
そう考えた途端、急に自分が恥ずかしくなってきて、私はそそくさとその場を立ち去りました。
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