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3.献身
そうして、月日は流れ。
私とロイド様が秘密の文通を始めてから、二ヶ月ほどが経ちました。
魔王軍が勢力を増す中、私は相変わらずロイド様が患っている麻痺を治す方法を探していました。
そんなある日、私はついにある文献から有益な情報を手に入れたのです。
その情報は、「クローベアの攻撃によって発症した麻痺は、『スターハーブ』という薬草を煎じて飲めば治る」というものでした。
なんでも、その薬草はフォルスト村の北に位置する山に生えているそうです。
私は、藁にもすがる思いで早速その山に向かうことにしました。
そして、翌日。
山頂付近までやって来た私は、目の前にある高い崖を見上げました。
どうやら、スターハーブはこの崖の上に生えているらしいのです。
本の著者は竜に乗ってこの崖の上に登り、スターハーブを発見したそうです。
けれど、私は裕福でもないただの村人。当然ながら、竜なんて用意できません。
この世界で竜を飼うことができるのは、きっと王族か貴族くらいでしょう。それくらい、希少な生物なのです。
だから──
「登るしかないのです……自分の力で」
呟くと、私は気合いを入れて崖を登り始めました。
幸いにも、私の身体は半分ロックゴーレム化しているため普通の人間より頑丈です。
だから、万が一落下したとしても死にはしないでしょう。
そう思い、私は無我夢中で崖を登り進めました。
それから、どれくらいの時間が経過したでしょうか。
ちょうど中間地点まで来た頃。
私は、うっかり足を滑らせて落下してしまいました。
「うぅ……痛い……」
想像以上の痛みに、私は苦悶します。
頑丈な身体を持っているとはいえ、やはり半分は人間です。
その中途半端さが仇になったのでしょうか。
死にはしないものの、人間としての痛覚はしっかり残っているようでした。
ロックゴーレム化していない部分──つまり、皮膚が露出している部分はほとんど負傷しており、傷口からは鮮血がにじみ出ています。
私は痛みに耐えながら仰向けになり、空を見上げました。
「……なんて、綺麗な星空なのでしょうか」
もしかしたら……ロイド様も、今頃この満点の星を眺めているのでしょうか。
そう思い、私は痛む身体をさすりながら身を起こします。
──この程度のことで諦めてどうするのですか。今、あの薬草を採取できるのは私しかいないんです。私にしか、ロイド様を救うことはできないんですよ?
私は自分に活を入れると、再び崖を登り始めました。
……自分が呪いをかけられた日のことを思い出しながら。
今から六年ほど前、私は『祈雨の儀式』の巫女として抜擢されました。
フォルスト村では十五歳以下の少女が神聖視されており、そのたびに選ばれた数人の少女達が巫女として村の外に連れて行かれ、付近の川に人形を投げ入れさせられる儀式が行われていたのです。
その日も、儀式は無事終了しました。
そこまでは良かったのですが……問題はその後です。
なんと、私を含む数人の巫女達が魔物に襲われてしまったのです。
その場に居合わせた全員が、混乱して逃げ惑いました。
そんな中、私は逃げ遅れた挙げ句転倒してしまったのです。
魔物は私の方に向かってきます。
その魔物は、魔術師のような格好をしたゴブリン族でした。
恐らく、魔法が得意なのでしょう。
──でも、大丈夫。きっと誰かが助けてくれるはず……。
そう思っていたのですが……一緒に儀式に参加していた大人達は、事もあろうに私を囮にしました。
彼らは、私が魔物に襲われている間に他の少女達を誘導し避難させようとしたのです。
そして……私は、魔物化の呪いをかけられてしまいました。
気分が良かったのか、その魔物は私の命までは奪いませんでした。
いっそのこと、殺してくれれば良かったのに……。そんなふうに、何度嘆いたかわかりません。
だからといって、死ぬわけにもいかず……。結果的に、私は半魔物化した身体で生きていくことになったのです。
でも、今は……今だけは、この頑丈な身体に感謝しています。
「きっと、私が魔物化したのはこの時のためだったのです。何とかして、ロイド様にスターハーブをお渡ししなくては……!」
私は再び自分に活を入れると、崖を登り進めます。
そうやって、何度も落ちたり登ったりを繰り返しているうちに、やがて私は崖の頂上に到着しました。
その瞬間、独特な雰囲気を纏った白い花を持つ植物が目に飛び込んできます。
「あれが、スターハーブ……?」
呟きながら、私はスターハーブらしき植物のそばまで歩み寄ります。
ちなみに、名前の由来は星に近い場所──つまり、山の頂上に生息する薬草だからだそうです。
喜びのあまり興奮しつつも、私はリュックから本を取り出し、挿絵と照らし合わせます。
「これで合っているようですね……ようやく、見つけました。これで、どうにかロイド様を助けることができます……!」
言って、私はほっと胸をなでおろしました。
***
今から二年ほど前、僕──ロイド・ブランストーンは、勇者として覚醒した。
正直不安だったけれど……世界を救うために勇気を奮い立たせ、仲間とともに旅立った。
だが……順調に四天王を倒し、最後の四天王を倒すために居城を目指す道中で厄介な魔物に遭遇し重傷を負ってしまったのだ。
療養のために訪れたフォルスト村の人々は、皆親切だった。
魔王討伐という重大な使命の途中でこんなことになってしまった僕を責めないでいてくれるのはありがたいが、それ故か余計に罪悪感を感じてしまう。
そんな僕の心を救ってくれたのが、シェリーという女性だった。
いつ治るのかもわからない。そもそも、治す術が存在するのかどうかも怪しい。
──本当に、自分に期待してくれている世界中の人々に対して申し訳が立たない……。
そんなふうに、毎日のように不安と自責の念に苦しめられている僕をシェリーは救ってくれたのだ。
彼女が支えてくれなかったら、今頃僕は心を病み、勇者としての務めを放棄していただろう。
シェリーと手紙のやり取りを続けるうちに、やがて僕は彼女に会ってみたいと思うようになった。
一体、どんな人なのだろう? 一度でいいから、会ってみたい。
そんなことを毎日考えるくらいには、彼女は自分の中で大きな存在になっていた。
ある日、僕は村長の息子であるジョアンという青年から相談を持ちかけられた。
詳しい話を聞いてみれば、どうやら今年は雨が少ないらしく、村の農作物が育たないため困り果てているとのことだった。
そこで、勇者である僕の力を借りたいと──要約すると、そういう話だった。
──ああ、なんだ……この村の人達も、やっぱり僕を『勇者』としてしか見ていないのか……。
そう気付いて、心底がっかりした。
世界中の人々はもちろんのこと、仲間もやはりどこか僕のことを勇者として特別扱いしている傾向があった。
そんなわけで……この二年間、僕は密かに孤独を感じていたのだ。
シェリーは、そんな僕を一人の人間として見てくれた。
最初は、あくまで勇者としての僕を尊敬してくれていたから手紙のやり取りをしてくれたのかもしれない。
大ファンだと言ってくれていたので、きっとそうなのだろう。
けれど……手紙のやり取りを重ねるうちに、彼女は僕を一人の人間として見てくれるようになった。
そう、「勇者様、勇者様」と周りから持て囃されることに辟易していた僕にとって、シェリーはまさに救世主だったのだ。
「このまま起きていたら、シェリーに会えないだろうか……?」
そう独りごちると、僕は夜風に当たるために松葉杖をつきながら外に出た。
シェリーは、いつも僕が部屋にいない時や寝ている時を見計らって手紙と薬草を届けているようだ。
人見知りだと言っていたので、きっと直接届けに来る勇気がまだ出ないのだろう。
そんなことを思いながら、僕は夜空を仰ぐ。
今日は昨夜と同じく、星がよく見える。散歩にはもってこいの夜だ。
暫くそうやって天体観測をしていると、ふと、背後に魔物の気配のようなものを感じた。
勇者故に、僕は人より何倍も魔物の気配や邪気に敏感なのだ。
ゴクリと固唾を飲んだ僕は、腰に携えた聖剣に手をかける。
──どうして、魔物が村の中に……? 確か、この村はついこの間王都から来た魔術師によって結界が張り直されたばかりだと聞いたが……。
身体の自由がきかないため、戦闘になればこちらが圧倒的に不利だ。
だが、この気配から察するに……恐らく、相手はそんなに強い魔物ではない。
ならば、この聖剣の力で──
「──聖剣よ、悪しき魔物に裁きの雷を下したまえ!」
天から白い雷光が降り注いだ瞬間、その魔物は弓なりに身体を仰け反らせ、ドサッと地面に倒れ込む。
シルエットから察するに、人型の魔物のように見える。この魔物は、一体何者なんだ……?
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