1.化け物と呼ばれた娘

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1.化け物と呼ばれた娘

 私は、シェリル・ライトと申します。  王都から遠く離れた辺境の村──フォルスト村にて、小さな薬屋を営んでいます。  唯一の肉親だった父が急逝して早三年。  私は、亡き父に代わってこの店を必死に切り盛りしてきました。  つまり……今は十八歳なので、十五歳の時に店主になったということですね。  我ながら、よく頑張ったものだと思います。本当に。  来る日も来る日も、森や山で薬草を採取し、薬を作って調合し、そうして出来た薬を商品として売る──そんな変わり映えしない生活を淡々と送っている私ですが、一つだけささやかな楽しみがあります。  それは、「魔王討伐の旅に出た勇者様一行の活躍を聞くこと」です。  というのも……実は、私の幼い頃の夢は勇者パーティーに加わることだったのです。  今思うと、本当におこがましいですね。  まだ子供だったとはいえ、特別な力を持つ選ばれし人間たちの中に自分が加われると信じていたなんて……。  でも、その夢があったお陰でかなり薬草のことを勉強しましたし、十二歳の頃には父に立派な跡継ぎとして認められるようにもなりました。  そう、当時の私は恐れ多くも「薬草学を極めて勇者パーティーに入りたい」などと豪語していたのです。  勇者パーティーともなれば当然、一流のヒーラーがいるでしょう。  なので、薬師ごときがメンバーとして加入したとしても、役に立たないどころか足手まといになるだけです。  当時、世界中の人々を恐怖に陥れていた魔王は勇者達によって倒されました。  けれど……二年くらい前だったでしょうか。  なんとその魔王が蘇り、再び人々は平穏を脅かされることになってしまったのです。  六年前。当時の勇者様は、魔王を倒したのと同時に命を落としました。  魔王とその臣下達との戦いは、熾烈を極めるものだったと聞いています。  勇者が命をかけてまで守ったこの世界に、魔王が蘇ってしまった──人々は、その事実に絶望しました。  しかし、現れました。何がって? もちろん、新たな勇者様がです。  勇者として覚醒した青年は今、頼もしい仲間達を連れて世界を旅して回っているそうです。  恐らく、各地に散らばる魔王の臣下──四天王と呼ばれる魔族達を倒しているのでしょう。  ちなみに、その四天王のうちの一人が住む居城はどうやらフォルスト村の近くにあるらしいのです。  今の所、まだこの村は魔物達による襲撃を受けていませんが……いつ結界を突破されて襲撃されるかわかったものではありません。  毎日気が気じゃないので、早く勇者様一行に討伐してもらいたいものです。  ──もし、勇者様一行が討伐のついでにこの村を訪れたら……ちょっとくらいなら、話しかけても問題ないかしら?  幼い頃から勇者パーティーに憧れていた私にとっては、彼らは特別な英雄(ヒーロー)です。  だから、せめて握手くらいは……と考えたのです。  そこまで考えて、私はブンブンと(かぶり)を振ります。 「……いえ、やめておきましょう。きっと、ご迷惑になるだけです」  呟くと、私はそそくさと品出し作業に戻りました。  というのも……私は今から十年ほど前に、『魔物化の呪い』をかけられてしまったからです。  その呪いもどういうわけか不完全なもので、現在の私はロックゴーレムと人間が合体したような異質な姿をしています。  ローブを着用しフードを被ればかろうじて人間に見えるとはいえ、顔や身体は所々、青黒い硬い石で覆われています。  なので、とても人前で肌をさらすことなんてできません。  ただ……母譲りの金髪や空色の目は、呪いをかけられた後も変わりませんでした。  それと、半分人間なお陰で村に張られた魔除けの結界は難なく通り抜けることができます。  その二つが、せめてもの救いといったところでしょうか。  いずれにせよ……こんな外見だから、きっと握手を求めたとしても勇者様に不快な思いさせてしまうだけです。  叶いもしない夢を見るのはやめて、仕事に勤しむことにしましょう。  そんなことを考えていると、チリンとベルが鳴り──ゆっくりと店のドアが開きました。  どうやら、お客さんが来たようです。 「いらっしゃいませ」  できる限り、明るい声色でそう挨拶をすると、優しげな笑顔を浮かべた老婦人が店内に入ってきました。  彼女は、この店の常連客です。きっと、今日もいつもの薬を求めてやって来たのでしょう。 「あ……ローダさん! こんにちは!」 「こんにちは、シェリルちゃん。今日も精が出るわね」  言いながら、ローダさんはカウンターの方まで歩いてきます。  作業を中断すると、私は慌ててカウンター内に入りました。 「ええ。ローダさんのようなお得意さんがいるお陰で、ここ最近は売り上げも伸びてきたんですよ」 「まあ、そうなの? 通い詰めて貢献した甲斐があったわ」  ローダさんは冗談っぽく笑うと、「いつもの薬、お願いね」と言って財布を取り出しました。  注文を受けた私は、後ろにある棚から小瓶に入った粉末状の薬を手に取ります。  そしてお金を受け取ると、商品をローダさんに手渡しました。  実は、彼女は長年腰痛を患っているのですが、私が売る薬はよく効くと言ってこうやって定期的に買いに来てくれるのです。  けれど……この村に住んでいるのは、ローダさんのように友好的な人間ばかりではありません。  チリン、チリン。  頃合いを見計らったかのように、またドアベルが鳴りました。  音に反応した私は、視線をドアの方へと向けます。  そこにいたのは、癖のある赤毛を持つ青年。村長の息子のジョアンでした。  ジョアンは不機嫌そうにカウンターのそばまで歩いてくると、ローダさんを押しのけて言いました。 「おい。あの薬、寄越せよ」 「ええと……はい。前回と同じ薬ですよね?」  確認すると、ジョアンは小さく舌打ちをしながら「ああ、そうだよ」と答えました。  私は嫌な気持ちになりながらも、要求された薬を手渡しました。  ジョアンはカウンターの上に叩きつけるように数枚の硬貨を置くと、暴言を吐き捨てます。 「ったく……なんでこんな化け物が薬屋なんてやってるんだよ。他に薬を売っている所がないから、仕方なく来てやってるけど……」 「…………」  私は、思わず言葉に詰まってしまいます。  ジョアンがこうして嫌々ながらも私の店を訪れるのには、理由があります。  彼の父親──つまりこの村の村長が少し前から病気になり、寝たきりの生活を送っているからです。  そのため、ジョアンは定期的にこの店に薬を買いに来ているのです。  彼が言った通り、フォルスト村にはここ以外薬屋がありません。  そもそも、ここは医者もいないような田舎の村です。  もし、病気にかかったり怪我をしたりすれば、一番近い町までわざわざ足を運ばなくてはなりません。  なので……彼らは、たとえ村人達から『化け物』と疎まれる私が営む店だったとしても頼らざるを得ないのです。  そのお陰で、店の売り上げが下がることはありませんが。  毎日嫌味を言う客ばかり来るので、精神的にすごく疲れるというのが現状です。  ──でも、まあ……そんな贅沢は言っていられないのですけれどね。いちいち気を病んでいたら、店の売り上げにも影響が出かねませんし……。 「……チッ」  ジョアンは再び舌打ちをすると、乱暴にドアを閉めて店から出ていきました。 「ふう……」  ジョアンが出ていった直後、私は安堵し小さく嘆息します。  今でこそ険悪ですが、一応、彼は私の幼馴染なのです。  というか……小さな村なので、同年代の人達はほぼ全員幼馴染のようなものなのですが。  ああ見えて、昔はそこそこ優しかったし、仲良くもしてくれていたんですよね。  そう、私が魔物化の呪いを受けるまでは……。 「全く……揃いも揃って、シェリルちゃんに冷たく当たって……。本当に、薄情な奴ばかりだよ」  ローダさんは、眉を吊り上げて怒りをあらわにします。  それに対して、私は苦笑を返しました。  今、私が元気に店を切り盛りできているのは、彼女のように親身になって味方でいてくれるごく一部の優しい人のお陰なのです。  本当に、感謝してもしきれません。 「ああ、そう言えば……あの噂は、もう聞いたかしら?」  どんよりとした空気を払拭するかのように、ローダさんが話題を変えました。 「噂って……?」 「なんだ、まだ知らなかったのね。ほら、勇者様一行のことよ。近々、例の魔族──えーと、四天王だったかしら? その一人を倒しにこの周辺にやって来るそうよ」 「えっ!?」 「シェリルちゃん、昔から勇者様に憧れていたでしょ? もし本当に四天王の討伐に来るなら、きっとこの村に立ち寄ると思うわ。せっかくだから、この機会にサインでももらったらどうかしら?」 「……! それは、確かに欲しい……ですけど……」  私は口ごもります。  前述した通り、私は呪いのせいで異質な姿をしています。  なので、この醜い姿を憧れの勇者様に見せるのはやはり躊躇してしまいます。 「でも、私……こんな姿ですし……」 「大丈夫よ。きっと、事情を話せばわかってくれるわ。だって、相手はあの勇者様だもの」 「……」  私は無言になってしまいました。  ローダさんは大丈夫と言ってくれるけれど、どうしても不安が拭いきれなかったのです。  何故なら、憧れの人に嫌われることほど辛いことはないからです。  私は勇者パーティーのメンバー全員のファンですが、その中でも特にリーダーである勇者様の大ファンなのです。  ──嫌われるくらいなら、サインなんてもらわなくていい。ただ、遠くから姿を眺められるだけでいい。  臆病な私は、そんなふうにどうしても後ろ向きな考えに至ってしまうのでした。
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