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「そうね。私たちを必要とするかどうかは、ひとそれぞれ。気にしないで」
ヘンリーは頷いて、ひとつ咳払いをした。
「あんた、ここを出たらどうなるんだ」
「スキンとメモリを交換して、別な人のところへ行くわ」
ヘンリーの口調は、それを憐れむようにすっかり静かになった。
「その人は、大事にしてくれるといいな。大声を出して悪かった」
『イザベラ』が、イザベラの声で言った。
「ヘンリー、ありがとう。あなたはいつも優しいのね」
その言葉に、ヘンリーは横を向いているだけでは我慢できず、目をぎゅっと閉じた。さっきと違って、この場を勢いよく離れることができなくなった自分に、からだが小さく震えた。これ以上『イザベラ』にここに居られたら、亡霊と知っていても、手をとってしまいそうで、抱き寄せてしまいそうで、行かないでくれと言ってしまいそうで、もう一人にしないでくれと叫んでしまいそうで、恐ろしくなった。
その時、救いの、浄めの鐘。玄関のチャイムが鳴った。
アルト・ドロイド社の社員に手を引かれるようにして去っていく『イザベラ』を一瞬だけ見送って、ヘンリーはドアを静かに閉め、つぶやいた。「世の中、何でも揃うってのは、残酷だ」
彼は、イザベラが待つダイニングへ戻った。
棚に飾ってある写真立てをテーブルの真ん中に移動させ、幻の栗色の髪に触れるように、そっと撫でた。それから顔をテーブルまで下げ、視線を同じにしてから、微笑むイザベラに語りかけた。
「イザベラ、今日起きたことを聞きたいか? オリヴァーのやつがさ……」
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