3.奇妙な乗客

6/7
前へ
/99ページ
次へ
 少女は答えない。抱き締めたリュックサックの向こうで小さく首を振るのが見えた。 「私の言葉がわかるか」  船長はこの問いを英語、イタリア語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、アラビア語、ギリシャ語、ロシア語、中国語――その他思いつく限りの言語で繰り返した。  けれど、結果は変わらない。いやいやをするように首を振るだけ。  船長の眉がピクリと動いた。  突然、彼は片膝をついた。ここに来てやっと少女に目線を合わせる気になったらしい。彼が低い声で何か一言問い掛けると、少女は僅かに目を開き――ついに、首を縦に振ったのだ。 「おお……っ!」  観衆から歓声が上がる。  ミナギは立ち上がった船長の顔を興奮気味に見上げた。 「やりましたね! で、彼女は何て?」 「何も」  その答えに一同硬直する。 「……は?」 「放っておいてやれ。どのみち、次の停泊地に着くまではどうすることもできん」  ミナギは立ち去ろうとする彼の腕を掴んだ。 「待ってくださいよ! それじゃ何の意味もないじゃないですか。あなたは何て訊いたんです?」  船長は鬱陶しそうに目を細めている。 「『答えたくないのか』と訊いた」 「え」 「言葉がわからないのであれば、首を振るのではなく傾げるだろう。だから、答えたくないのか、と訊いた」 「……なる、ほど……?」  淀みない眼差しに一瞬納得しかけるが、ミナギは首を振って我に返った。 「いやいやいや、何も解決していないじゃないですか。何かこの子の身元に繋がる情報くらい聞き出してもらわないと――」 「心配するな。この船は造船所からナポリ港へ届けられた。順当に考えれば、造船所の人間の身内だろう」  心配性の航海士は尚も食い下がる。 「でも、俺たちは船が届いてすぐに船内を確認しましたよ?」 「……ベッドの下まで覗いたか?」 「それは――」  船長は今度こそ踵を返した。
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加