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少女は答えない。抱き締めたリュックサックの向こうで小さく首を振るのが見えた。
「私の言葉がわかるか」
船長はこの問いを英語、イタリア語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、アラビア語、ギリシャ語、ロシア語、中国語――その他思いつく限りの言語で繰り返した。
けれど、結果は変わらない。いやいやをするように首を振るだけ。
船長の眉がピクリと動いた。
突然、彼は片膝をついた。ここに来てやっと少女に目線を合わせる気になったらしい。彼が低い声で何か一言問い掛けると、少女は僅かに目を開き――ついに、首を縦に振ったのだ。
「おお……っ!」
観衆から歓声が上がる。
ミナギは立ち上がった船長の顔を興奮気味に見上げた。
「やりましたね! で、彼女は何て?」
「何も」
その答えに一同硬直する。
「……は?」
「放っておいてやれ。どのみち、次の停泊地に着くまではどうすることもできん」
ミナギは立ち去ろうとする彼の腕を掴んだ。
「待ってくださいよ! それじゃ何の意味もないじゃないですか。あなたは何て訊いたんです?」
船長は鬱陶しそうに目を細めている。
「『答えたくないのか』と訊いた」
「え」
「言葉がわからないのであれば、首を振るのではなく傾げるだろう。だから、答えたくないのか、と訊いた」
「……なる、ほど……?」
淀みない眼差しに一瞬納得しかけるが、ミナギは首を振って我に返った。
「いやいやいや、何も解決していないじゃないですか。何かこの子の身元に繋がる情報くらい聞き出してもらわないと――」
「心配するな。この船は造船所からナポリ港へ届けられた。順当に考えれば、造船所の人間の身内だろう」
心配性の航海士は尚も食い下がる。
「でも、俺たちは船が届いてすぐに船内を確認しましたよ?」
「……ベッドの下まで覗いたか?」
「それは――」
船長は今度こそ踵を返した。
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