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少女には彼女が初めにいた船室が宛がわれた。女の子一人には広すぎるが、慣れた場所の方がいいだろう。
部屋には掃除中のテオドゥロがいた。
「お。どうぞ、綺麗にしといたよ」
髭面が微笑む。髭を剃る気はないようだが、伸ばし途中の髪をひっつめたおかげで、むさ苦しい印象は多少緩和されていた。
「――元から殆ど汚れてなかったけどな」
と言って空のゴミ袋を掲げて見せる。ジャンルカは怪訝そうに中を覗き込んだ。
「ゴミ一つ出ないって……まさか、飲まず食わずで乗ってたわけじゃないよな?」
訊ねておいて、「あ」と口を噤む。少女が何も答えたがらないことを思い出したのだ。
ところが、少女は意を決したように首を振り、リュックサックの口を開いて見せた。そこにはお菓子の包み紙が。
「おー! 答えてくれたな!」
テオドゥロが嬉しそうに歯を見せる。一方で、ジャンルカは感心して顎に手を当てていた。
「おいおい、とんだ賢い子だな」
「何が?」
「だってよ、この子、見つからないようにゴミを自分と一緒に隠してたんだ。そりゃあ見回りでも気付けないわけだぜ」
これにはテオドゥロも目を丸くする。
「驚いたな。こんな小さい子がそこまで考えるなんて。見たところ、まだ五、六歳くらいだろ?」
「ああ……いや、流石に大人の入れ知恵じゃないか? なあ?」
再び少女に問い掛けるが、今度は答えてくれなかった。可愛らしい顔ですまなそうに眉を寄せている。
そろそろ少女の方も彼ら船乗りたちが怖い人間ではないとわかったらしい。いくらか反応を示してくれるようになったけれど、それでも心を開くには至らない。
少女はリュックの口と共に心を閉じた。
「……これは一応船長に報告しておいた方がいいかもしれないな」
ジャンルカがぽつりと零す。その顔は険しい。
「この子が賢いって?」
「そうまでして身を隠したかったってことをだよ。迷子じゃないんだ――これはオレの推測に過ぎないが、おそらく次の港、マルタ港まで行くつもりだったんじゃないか?」
テオドゥロは驚いた。
「えっ……ってことは、密航?」
二人は揃って少女を見やる。
少女には会話の内容がわからなかったようで、不思議そうに二人を見比べるだけだった。
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