6.ミナギの過去

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「母さんが死んで、父さんが乗る船が沈んだと聞いた後、俺が知人の紹介で船に雇われたのは十一になるかならないかの頃でした。その人は父さんの組合の知り合いで、幼くして家族を養わざるを得なくなった俺に同情してくれたんです。初めて乗組員として船に乗った時、すごく、すごく怖かった――なんでだかわかります?」  藍色はまたも目で否定を示す。 「簡単なことです。知らない大人ばっかりだったからですよ」  ミナギはぎこちなく微笑を浮かべた。意図して笑うことに慣れていない青年の微笑みは、むしろ嘲笑にも似ていた。 「真夜中の波の轟音やつらい仕事の数々、そして、父さんを呑み込んだ海そのものよりも、周りの船乗りたちの方がずっと怖かった。ほら、船乗りって粗野なろくでなしばかりじゃないですか。使い物にならない俺をよく思わない人も多かったですし。そのうち、紹介してくれたその人自身も、俺に構わなくなりました」  その後、筋力が圧倒的に足りなかった少年は、知識と技術で以って自分の居場所を拓いていく。彼が航海士としての才能を開花させる前の物語だ。  ミナギは眼鏡の向こうで目を伏せた。 「その時は、本当に……すごく寂しかった」 「……なぜ今その話を?」  彼を見つめる船長の瞳は、いつもの通り何の表情も覗えない。ミナギはふっと笑みを零したが、今度の笑みは彼らしい自然な、皮肉交じりの笑みだった。 「ちょっと感傷に浸っただけです」 「……そうか」 「というわけなので、あの子のこと、よろしくお願いしますね」 「は」  ミナギは意味ありげに微笑んだだけで、食器を下げに行ってしまった。
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