2.新造船〈アヒブドゥニア〉号

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2.新造船〈アヒブドゥニア〉号

 熱い日射しが降り注ぐ。 〈アヒブドゥニア〉号の船長は青い瞳に帆船を映し、吹き抜ける風の中に佇んでいた。その瞳は輝く夏の海原のよう。靡く髪は深い藍――光を呑み込む大洋の色だ。  それは絵画とも呼べる光景だった。  海と空は一つに混じり、緑の山々に赤と白の街が彩りを添える。画面の手前では海色の男が佇み、趣深い見事な帆船を見上げている。頭上を飛び交う白い海鳥は舞い散る花びらを想起させた。  しかし、世は既に鋼鉄船が主流の時代。  帆船の背後にはその倍はあろうかと思われる巨大な鋼鉄船が並び、漁船でさえも近代化を終えていた。港にはコンテナが積まれ、クレーンが忙しなく作業をこなす。  木造帆船〈アヒブドゥニア〉号とその船の長だけが、時の流れから完全に取り残されていた。    いや、それも今までは、の話だ。  前時代の遺物のようなこの男も、今日ついに新しい時代へと歩を進めようとしている。 「名残惜しいかい」  男の感傷を打ち破るように、背後でしわがれた声がした。  振り返れば、老婦人が一人立っている。口元には微笑を浮かべているものの、目付きや声音には確かな意思を感じさせる険しさが刻まれていた。また、身に付けた装飾品の数々を見るに、彼女はファッションに造詣が深いのだろう。 〈アヒブドゥニア〉の船長は会釈の代わりに目を細め、彼女に敬意を示した。 「マダム・オリヴィエ」 「オリヴィエでいいって言ってるだろ?」  オリヴィエは男の横に並び、親しげに彼の腕を叩いた。短く切り揃えた灰色の頭は男の胸にも届かない。 「よくもまあ、今日までこんな船使ってたもんだ。今時帆船なんて、東洋でも一部の国でしか使っていないって聞いたよ。買い替えて正解だね」
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