7.ごめんなさい

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 懸命に抑える嗚咽。  間違っていると、彼は思った。 「だめだ、やめろ」  感情を押し殺すなんて、幼い少女がするべきことじゃない。  謝罪すべきは彼女ではないのだ。 〈アヒブドゥニア〉号の船長はあまりに軽い少女の体を抱え直し、空いた手でその柔い頬から涙を拭った。自分でも驚いてしまうほど、優しい手付きで。 「聞かせてくれ」  少女は涙を湛えたまま彼を見た。 「――なぜ、私だった」  再び俯く少女の瞳。  硬い結び目を解くように、ぽつりぽつりと少女は語る。 「あのね、ルカにね、何も言っちゃいけないって言われたの。誰も信じちゃダメだって。だからね、あたし、なんにも答えられなかったの。ルカとの約束、破りたくなかったから」  だから、彼女は一言も口を利かなかったのか。  船長は沈黙によって先を促した。 「お船のお兄ちゃんたち、みんな優しいってわかったよ……でも、黙ってなきゃいけないから。みんないい人なのに、お返事しちゃいけないの、本当はすごく苦しかったの」  そこで少女の拳に力が籠る。  いつの間にか泣き止んだ顔がほんのりと恥じらいに染まっていた。 「船長さんはね、なんにも答えなくていいって言ってくれたでしょ? あたしね、嬉しかったの。ルカとの約束破らなくていいんだって。『ミカタ』ができたみたいでね、嬉しかったの」  ――ああ、そうか。  船長は思う。  なぜかはわからないけれど、少女の事情は何も知らないけれど、わかる。  独りで抱えるには重すぎたのだ。  独りで怯え続けるのに疲れてしまったのだ。  もう耐えられないと、助けてくれと伸ばされた手を、どうしてあんな態度で振り払ってしまったのだろう。  急に手の中の『異物』が現実味を帯び、漸く彼は、そこにいるのが一人の人間であると理解した。 「……すまなかった」  少女は不思議そうに首を傾げた。 「どうして船長さんがごめんねするの?」 「いや――」  船長は答えに詰まり、代わりに訊ねた。 「私はお前が眠るまで傍にいよう。それで構わないか?」  少女は「ん」と頷きかけ、ちろりと探るように上目遣いをした。 「なんだ。希望があるなら言え。できるだけ叶えよう」 「……ほんと?」 「ああ」  言ってしまったあと、船長は少しだけ後悔した。  少女がもじもじしながら頼んだことは。 「――あのね、船長さんのお隣で眠りたいの」
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