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懸命に抑える嗚咽。
間違っていると、彼は思った。
「だめだ、やめろ」
感情を押し殺すなんて、幼い少女がするべきことじゃない。
謝罪すべきは彼女ではないのだ。
〈アヒブドゥニア〉号の船長はあまりに軽い少女の体を抱え直し、空いた手でその柔い頬から涙を拭った。自分でも驚いてしまうほど、優しい手付きで。
「聞かせてくれ」
少女は涙を湛えたまま彼を見た。
「――なぜ、私だった」
再び俯く少女の瞳。
硬い結び目を解くように、ぽつりぽつりと少女は語る。
「あのね、ルカにね、何も言っちゃいけないって言われたの。誰も信じちゃダメだって。だからね、あたし、なんにも答えられなかったの。ルカとの約束、破りたくなかったから」
だから、彼女は一言も口を利かなかったのか。
船長は沈黙によって先を促した。
「お船のお兄ちゃんたち、みんな優しいってわかったよ……でも、黙ってなきゃいけないから。みんないい人なのに、お返事しちゃいけないの、本当はすごく苦しかったの」
そこで少女の拳に力が籠る。
いつの間にか泣き止んだ顔がほんのりと恥じらいに染まっていた。
「船長さんはね、なんにも答えなくていいって言ってくれたでしょ? あたしね、嬉しかったの。ルカとの約束破らなくていいんだって。『ミカタ』ができたみたいでね、嬉しかったの」
――ああ、そうか。
船長は思う。
なぜかはわからないけれど、少女の事情は何も知らないけれど、わかる。
独りで抱えるには重すぎたのだ。
独りで怯え続けるのに疲れてしまったのだ。
もう耐えられないと、助けてくれと伸ばされた手を、どうしてあんな態度で振り払ってしまったのだろう。
急に手の中の『異物』が現実味を帯び、漸く彼は、そこにいるのが一人の人間であると理解した。
「……すまなかった」
少女は不思議そうに首を傾げた。
「どうして船長さんがごめんねするの?」
「いや――」
船長は答えに詰まり、代わりに訊ねた。
「私はお前が眠るまで傍にいよう。それで構わないか?」
少女は「ん」と頷きかけ、ちろりと探るように上目遣いをした。
「なんだ。希望があるなら言え。できるだけ叶えよう」
「……ほんと?」
「ああ」
言ってしまったあと、船長は少しだけ後悔した。
少女がもじもじしながら頼んだことは。
「――あのね、船長さんのお隣で眠りたいの」
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