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8.拷問
ナポリ港某所にて。
使われていない倉庫のガランとした闇の中に、彼は囚われていた。
椅子に縛り付けられたまま動けず、逃げ出す術もない。時折走り抜けるネズミの足音以外には、ガタガタ震える彼の歯だけが耳障りな音を奏でていた。
彼が恐れていたのは闇ではなかった。
襲い掛かる獣のように背後で口を開けた暗闇に、むしろそのまま自分を丸ごと呑み込んでほしいと縋りたかった。
だが、無慈悲にも。
彼の死が足音を立てて迫っていた。
「こんにちは、ルーカ」
乱暴な仕草で前髪を掴まれる。
覗き込んだ顔は浅黒く日に焼け、頬骨の高い位置に傷跡のある残忍な男のものだった。
四角い顔に濃い眉と刈り込んだ髭。尖った鼻にはピアスが光る。はだけたシャツから胸毛を覗かせ、見るからに雄の匂いを振り撒いていた。
挨拶の一発。
重い拳が顔面に飛び、青年の頬を強か打つ。
肉に拳が当たる弾けるような景気のいい音に重なって、奥歯が擦り合わさったゴリリという鈍い音が頭蓋に響く。
「どうした。お返事は?」
痛みすら押し遣ってしまう衝撃が波紋のように脳内で広がり、ルカは束の間朦朧としてしまう。そのために返答が一瞬遅れると、すぐに第二陣が反対側から加えられ、彼は唾液と鼻血を垂れ流すことになった。
再び髪を掴まれる。
先程まで煙草を咥えていたらしく、男の口から煙臭い口臭が直接鼻腔に流れ込み、ルカは小さく噎せ込んだ。
「挨拶は基本だってサヴェリオにも教わらなかったか?」
ルカは鼻血に溺れながら、腫れた双眸で相手を睨み付けた。
「ボンジョルノ、ロレンツォ」
「ボンジョールノ、親愛なるルカ」
ロレンツォは手を放して優雅に腰を折る仕草をしたが、直後にまた拳を振るった。
「あの愛らしいお嬢ちゃんが見当たらないな。どこだ、ルーカ?」
「ゲホッ……し、知らないな……」
「んー? 嘘は感心せんぞ」
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