2.新造船〈アヒブドゥニア〉号

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「……そうだな」  船長は船を見上げたまま答える。抑揚の無い返答から微かに不服そうな響きを汲み取って、マダム・オリヴィエは苦笑を漏らした。 「確かに〈アヒブドゥニア〉号はいい船だ。設計士は余程いい腕を持っていたんだろうね?」 「私も人から貰い受けただけだ。元が誰の船で、何のために働いていたのかは知らん」  だが、と彼は付け加えた。 「私の下でも幾多の困難を乗り越え、十分な働きをしてくれた。きっと次の持ち主の下でも――」 「次の持ち主ねぇ……」  オリヴィエはしげしげと船を見る。  マストや斜檣(しゃしょう)、滑らかな船体は美しかったが、いかんせん背景の無機質な街並みに溶け込めていない。  やはり、帆船が生きていく時代ではないのだ。 「本当に売りに出すのかい?」 「ああ。もう決めたことだろう」  船長は怪訝そうにオリヴィエを見た。 「こんな旧式の船、今時誰が買うっていうんだい? 反対はしないが、私にゃ売れる保障もできないよ」 「わかっている。売れるまでの維持費と停泊料はこちらがもつ。オリヴィエは商品として店に置き、買い手が現れたら仲介してくれるだけでいい」 「はっきり言ってしまうけど、売れるまでの維持費よりも、廃船にした方が安上がりだろうね」  青い瞳の決意は固いようだった。  オリヴィエは溜息をついた。 「……頑固だねぇ。ま、ビジネスパートナーとして助言してやっただけだよ。あんたがそれでいいなら止めやしないさ」 「すまない」 「いいよ」  二人は再び〈アヒブドゥニア〉号を見上げた。
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