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「……そうだな」
船長は船を見上げたまま答える。抑揚の無い返答から微かに不服そうな響きを汲み取って、マダム・オリヴィエは苦笑を漏らした。
「確かに〈アヒブドゥニア〉号はいい船だ。設計士は余程いい腕を持っていたんだろうね?」
「私も人から貰い受けただけだ。元が誰の船で、何のために働いていたのかは知らん」
だが、と彼は付け加えた。
「私の下でも幾多の困難を乗り越え、十分な働きをしてくれた。きっと次の持ち主の下でも――」
「次の持ち主ねぇ……」
オリヴィエはしげしげと船を見る。
マストや斜檣、滑らかな船体は美しかったが、いかんせん背景の無機質な街並みに溶け込めていない。
やはり、帆船が生きていく時代ではないのだ。
「本当に売りに出すのかい?」
「ああ。もう決めたことだろう」
船長は怪訝そうにオリヴィエを見た。
「こんな旧式の船、今時誰が買うっていうんだい? 反対はしないが、私にゃ売れる保障もできないよ」
「わかっている。売れるまでの維持費と停泊料はこちらがもつ。オリヴィエは商品として店に置き、買い手が現れたら仲介してくれるだけでいい」
「はっきり言ってしまうけど、売れるまでの維持費よりも、廃船にした方が安上がりだろうね」
青い瞳の決意は固いようだった。
オリヴィエは溜息をついた。
「……頑固だねぇ。ま、ビジネスパートナーとして助言してやっただけだよ。あんたがそれでいいなら止めやしないさ」
「すまない」
「いいよ」
二人は再び〈アヒブドゥニア〉号を見上げた。
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