30人が本棚に入れています
本棚に追加
一人は長い付き合いからの別れを、一人は長い付き合いの始まりを。互いに胸の中で語りかける。帆船はそれぞれに答えるように、ゆっくりと波に煽られて上下した。
こちらに駆け寄る足音がする。
眼鏡の青年が金の巻き毛を揺らし、二人の前で立ち止まった。
「船長! 探しましたよ」
〈アヒブドゥニア〉号の若き航海士、ミナギだ。
ミナギは眼鏡を押し上げ、額を流れる汗を拭った。
「積込みが終わりましたよ。もう出航できます」
「……わかった」
〈アヒブドゥニア〉号の船長は今一度船を見上げ、その姿を目に焼き付ける。オリヴィエはやれやれと首をふった。
「素直に手放したくないって言ったらどうだい。ま、どうせ当分売れやしないさ。会いたくなったらいつでもおいで」
見下ろした瞳は無表情で。
オリヴィエは黙って肩を竦めた。
「あ、マダム・オリヴィエ。ご挨拶が遅れてすみません。これから旧船がお世話になります」
ミナギが丁寧に腰を折る。オリヴィエは嬉しそうに笑った。
「やっぱり若い子は可愛いねぇ。表情があってさ。あんたもちょっとは見習いな?」
彼女が肘で小突いたが、船長は眉一つ動かさない。
「やれやれ……久しぶりだねぇ、ミナギ。ダメな船長を持つと苦労するね」
ミナギが微笑む。
「仕事ですから」
「そろそろまともに仕事しろって言ってやんな」
「ですって、船長?」
〈アヒブドゥニア〉号の船長は、ニヤつく二人を無視して踵を返した。
これから新船の処女航海に出るのだ。
最初のコメントを投稿しよう!