3.奇妙な乗客

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***  出港から暫く経ち。  船内では航海士のミナギが設備の点検をしていた。  当然ながら、出港前にも同様の確認をしているが、彼は何かと動かないではいられない仕事人間であった。出港直後にすべき作業が終了し、手持ち無沙汰を埋めるために船内を巡回している。  主要な設備に問題は見られなかった(そうでないと困るが)。それでも他の浮かれた乗組員たちに混じりたくはなかったので、そのまま船内の巡回を続行することにした。  新しい船は旧船よりもいくらか大きく、客室の数を増やしてある。揺れさえなければ地上のホテルと変わらない、ベッドや机、洗面台を備え付けた個室だ。丸く繰り抜かれた嵌め殺しの窓もあり、なかなか居心地がいい。  乗客がいない時は乗組員に交代で使わせてもいいな、なんて。  そんなことを考えながら歩き回るミナギは、表に出さないだけで人一倍新しい船にはしゃいでいる。  わざわざすべての部屋の中を確認していたミナギは、ある部屋のノブを掴んで顔を顰めた。  鍵が掛かっている。  おかしい。  昨晩確かめた時はすべての部屋の鍵が開いていた。わざわざ閉める理由もない。  そもそも、と彼はポケットからマスターキーを取り出しながら考える。  操舵室にあるキーハンガーにはすべての鍵が揃っていた。マスターキーは自分が所持している。となれば、残された施錠方法は、中から鍵を掛ける以外にないはずだ。  念のため警戒しながら扉を開ける。  何もない。  そしてもちろん、誰もいない。 「あれ……?」  鍵の故障だろうか。  そうであれば、鍵の交換を手配しなければならない。  ミナギは新しい船に舞い上がる気持ちを害されたことに不平を零しながら、しゃがみ込んで鍵の周囲を調べ始めた。  ――と、耳が何かを聞きつけた。
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