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反射的に振り返った彼の視界に映る濃紺の床。白い何かが散らばっている。それは暗い色の中で、星のようにはっきりと浮かび上がっていた。
「なんだこれ」
摘まんで少し力を入れるとボロボロと崩れた。微かな甘い匂いから、ビスケットか何かのカスだとわかる。
ミナギはますます不機嫌になった。
昨夜のうちに誰かがここに忍び込んで飲み食いしたらしい。それ自体を咎める気は無いが、掃除だけはきちんとしてほしいものだ。
膝をついて食べカスを拾い集めようとした彼は、そのまま硬直した。
眼鏡の奥で見開かれる緑の瞳。対峙する青。
目が合った。
「えっ、ひ……っ!」
情けない声が喉から漏れる。
彼は眼鏡を掛け直し、それが見間違いでないことを確認した。
見間違いではない。幻覚でもない。
ベッドの下に小さな女の子が隠れていた。
「な、なんで子供が……ていうか、一体どこから入ったんだ?」
疑問が思わず口をついて出たが、怯える少女を見て彼は態度を改めた。笑顔を繕い、できるだけ優しい声音で話し掛ける。
「驚かしてごめんね。君は誰かな? どうしてこんなところにいるの?」
少女は答えない。
小さなリュックサックをしがみ付くように抱き締めて、彼の手が届かない奥へと後退り。
ミナギは辛抱強く言った。
「怖がらなくていいんだよ。俺はミナギ。この船の航海士だ。君の名前を教えてくれる?」
しかし、それから彼がどんなに問い掛けても、ベッドの下から出て来るよう宥めすかしても、少女が返事をすることはなかった。ただじっとミナギを見つめ、唯一返した反応は首を左右に振ることだけである。
とうとうミナギは根負けし、廊下で声を張り上げた。
「誰か来てくれ! 誰かこの女の子のことを知らないか?」
何度目かの呼び掛けののち、一人が彼に気付いてくれた。それから船中に伝達され、手隙の船員たちがバラバラと部屋の前に集まる。
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