20.ルチアの親権

5/8
前へ
/99ページ
次へ
***  数日後。 〈アヒブドゥニア〉号の船長は頭痛を覚えながら受話器を置いた。〈サンタ・ディ・ルーチェ〉は営業しているが閑古鳥が鳴いていて、彼が長い長い電話をしている間も来店はなかった。  無意識にこめかみを揉みながら客間へ向かう。そこではルチアとオリヴィエ、それに航海士のミナギが待っていた。 「お疲れさまでした、船長。上手くいったんですか?」  ミナギが問う。船長は溜息を吐きながらカウチに身を預けた。ルチアがパタパタと駆け寄って隣に収まる。 「……ああ」  全く同じ質問をつい先程彼自身も発していた。  その相手は電話の向こう、遥か彼方。山麓の田舎町で書類に溺れているはずの青年だ。 『あったり前でしょ? 僕を誰だと思ってるわけ?』  男性にしては甲高い声で捲し立てるのは、茨野商会のエアロンである。彼はいつもながら恩着せがましく、いつもながら不平不満愚痴小言に溢れていた。 『ちゃんと親権は移したよ。ルチアはこれからリベラトーレ・フォンダートという人の娘です』 「その男は何者なんだ?」  エアロンは軽い調子で答えた。 『知らない。でも、本物はもう死んでるから安心して』 「死んでいる?」 『そう。つまり、死亡届を出してない戸籍なんだよ。ちょうどタイミングよくお馴染みの詐欺師が売り込んできてね。買い取ってあげたの』  きっと薄ら暗い取引に次ぐ取引の末にここに辿り着いたのだろう。故人の冥福を祈りながら複雑な気持ちになってしまう。  エアロンはそんな感傷もないようで、いかに金がかかったか、いかに手続きが面倒だったかを滔々と述べ続けている。船長は耳から受話器を離して聞き流していたが、それでも十分頭に響いていた。 「追加で頼んだ書類も用意してもらえたのか」 『し、ま、し、たー』  厭味ったらしく一音ずつ区切っているのが腹立たしい。ついでにエアロンの自信満々な顔が脳裏に浮かび、船長はげんなりと目頭に手をやった。 『他の書類と一緒に送ったよ。ルチアにサインしてもらったら、あんたの方でももう一度ちゃんと確認してみて。まっ、僕が直々に用意してやったんだから、抜け洩れとかはないと思うけどね』
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加