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船長はまだ納得できないようだったが、購入してしまったものは仕方がない。早くも彼の頭の中では、フォンダート邸の維持管理に関してそろばんをはじいていた。
ルチア――改め、ルチア・フォンダートは孤児院に入ることを望まなかった。どうしても船長との繋がりを断ちたくなかったらしい。結局、マルコが用意した家に住まわせることになった。
家の管理やルチアの世話はナポリ停泊中の〈アヒブドゥニア〉が見るほか、彼らの長期航海中にはハウスキーパーを雇うことになっている。
「オリヴィエ、頼みがある」
〈アヒブドゥニア〉号の船長が居住まいを正して呼び掛けると、マダム・オリヴィエは絞り出すように溜息を吐いた。
「どうせその子の面倒を見ろとか言うんだろう。子守はもう卒業したんだけどねぇ」
「すまない。そこまでの迷惑はかけないつもりだ」
船長はそう言いながらルチアを見下ろした。視線に気付き、ルチアも彼を見上げる。
「……ただ、傍にいてくれればそれでいい。何かあった時、寂しくなった時、誰かに相談したい時、この子を支えてやってほしい」
「まぁ、それくらいなら……」
オリヴィエは両手に顎を乗せ、ルチアに向かってフランス語で話しかけた。
「ルチア、『ルチア』っていうのが聖女様の名前だって知ってるかい?」
「うん、お船のお兄ちゃんたちが教えてくれたよ」
少女は大きな瞳を見張り、一生懸命答えた。オリヴィエが頷く。
「そうだ。ナポリの船乗りたちの守護聖人なんだよ。『ルチア』というのは『光』を表す言葉から来ていてね。〈サンタ・ディ・ルーチェ〉は『光の聖女』という意味だ――あんたのことだよ、ルチア」
シワシワの手がトゥヘッドを撫でる。
オリヴィエは慈しむように微笑んだ。
「ルチアがここに辿り着いたのも、聖女様の名前を授かったのも、きっと何かの縁なんだろう。これからよろしくね、ルチア」
ルチアは頬を赤らめ、小さな顔いっぱいに笑顔を浮かべた。
「うん!」
健気な少女は孤独の果てに。
帰る場所ができた、と思った。
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