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「英司に手伝いを頼まれた子で合ってるか?」
「はい。1年C組の鈴原りまです」
「俺は2年A組の橋本宗紀だ。よろしくな」
手を差し出すと、彼女は迷ったような表情を見せ、ゆっくりと遠慮がちに俺の手を握った。あまり時間を掛けず、その手を離す。
4時間目を終えて向かった図書室の前には、確かに小さくてリスみたいな少女が立っていた。なるほどこの子か、とは思ったものの、間違っても困るから英司を待ったのだが、昼ご飯を食べたらしい図書委員が来ても、英司は姿を現さなかった。それで仕方なく声を掛けてみた。
握手を終えて、彼女は俯き、身体の前で両手をぎゅっと握った。訳の分からない“死体探し”について、とても話を聞けそうにない。
「昼ご飯はまだか?」
コクコクと、首が外れそうな程に激しく頷く。英司が頼んだ子にしては珍しく静かな子だ。
「食堂か購買部。どっちか選ぶとしたらどっちだ?」
「えっと、購買部で、いいですか?」
少しだけ視線を上げ、強張った顔で俺の顔色を伺う彼女の緊張をほぐすために、俺は出来るだけ優しい笑顔を意識的に作る。
「あぁ、いいぞ。俺も欲しかったのがあったから丁度良い」
安堵。その二文字が彼女の顔に浮かび、それから柔らかな笑みを見せた。
念の為に図書室を出ることを英司にメールで伝えてから、俺達は適当な会話をしながた購買部に向かった。各々買い物を終えて、中庭の日の当たらないベンチに座り、ようやく昼ご飯を取ることになった。
少しずつ空腹を満たしていく彼女は、握手した時よりは緊張してないように見える。そろそろ良い頃合いだろう。
「そういえば、鈴原さんは、死体探しについて何か知ってるか?」
「え?」
「英司からまだ何も聞いてなくてな。もし知ってるなら――」
「しっ、知ってます!」
予想外の彼女の大きな声に思わず目を見開く。彼女はハッとして、一瞬で顔を赤らめ、片手をおしぼりで拭いてから前髪の一部を掴んだ。その小さな握り拳で、彼女の顔が半分隠れる。
悪いことをしてしまったような気がしたが、謝ったりしたら余計に彼女は気にしてしまうだろう。とりあえず、話を進めることにした。
「教えてもらうと助かる。頼めるか?」
「えっと、その、大声で知ってるなんて言ってしまったんですけど、死体の場所を知ってるとかではなくて、あまり詳しいことも知らなくて、そ、それでもいいですか?」
「十分だよ」
死体の場所を知っていたら、それはそれで問題なんだが、それに気付かないほど、彼女は分かりやすく緊張をぶり返している。人見知り、なのだろうか。
「で、では、僭越ながら説明させて頂きます」
彼女はパッケージの上に苺のサンドイッチを乗せ、胸に手を置いて、一度深く息を吸った。
「『この学校に埋まっている死体を探し出せば、どんな願いも叶う』。この学校には昔からそんな噂があるんです。今まで何人も探したらしいんですけど……」
「全く見つからなかったわけか」
「はい」
よくある宝ではなく、死体を探し出すことで願いが叶う。なかなかに物騒で気味が悪いが、確かに英司が興味を引くような、魅力的で愉快な話だ。
まぁ、俺にとっては面倒な話でしかない。
「あ、あの」
「どうした?」
「私も、一つ質問してもいいですか?」
相変わらず緊張した面持ちで、彼女は真剣な目を真っ直ぐぶつけてくる。だから俺は、彼女を真似て好物のあんパンをパッケージの上に置いた。
「俺に答えられることなら、いいぞ」
膝の上に置かれた苺のサンドイッチの近く、彼女の握り拳が震える。今度は、深く息を吐いて、それからまた吸った。その動作で、俺も少し緊張してしまった。
「橋本先輩は、願いが叶うと思いますか?」
簡単な質問に、湧き上がった緊張が一瞬で消え、自然と笑みが零れる。
「そうだな。叶うか叶わないかは分からないが、叶ったら良いなとは思うよ」
本心だ。見つけ出すまでの、決して努力ではない労力を考えれば、叶ったら良いなとは思う。むしろ、たった一つの願い事くらい叶えてもらわないと困る。そんな夢のないことを考えてるなんて露知らず、彼女は、とても嬉しそうに微笑んだ。
「そうですね。叶ったら、良いですよね」
「あぁ」
英司に似た純粋さに他に返す言葉が思いつかず、俺は逃げるようにあんパンに噛みついた。その時だった。ポケットの中に入れておいたスマホが震えた。
食べながら確認すると、スマホは英司からのメールを受け取っていた。短くも、十分に興奮していることが伝わってくる文を読み終え、口に含んだものと共に呆れと溜息を飲み込む。
「英司から指示が来た」
目を見開き、咀嚼を早める彼女。不安になったものの、封を開けていないパンを手に取った。
「過去の卒業アルバムの閲覧許可を貰ったから、そっちを頼むって。英司は校内を歩き回って探すらしい」
何故か、彼女は驚いた顔をして咽てしまった。
慌てて背中をさすり、購買部で買った牛乳を差し出す。
彼女が落ち着くのを待っている間、本格的に死体探しを始めることにした英司のことを考えると、俺はまた頭が痛くなった。
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