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 俺と彼女は、昼休みと放課後、連日のように図書室、正確にはエアコンの冷気が行き届かない、蒸し暑い図書準備室に通った。  毎回汗をかきならがら手掛かりを探したが、どうも上手くいかなかった。青春を謳歌している先輩方の写真や文集を目にするだけで、ヒントになる情報は一切見つからなかった。  一生懸命頑張っている後輩を前に弱音は吐けず、今日も休み休み卒業アルバムを捲っていた。  平穏を望んでいるのに、どうして英司に巻き込まれることをいつも受け入れているのか。  今まで何度も浮かんだ疑問に対する答えを探しながら、分厚い紙を隅から隅まで見渡す。  ふいに、雑音が耳に引っ掛かった。もう集中力が途切れているのか、それがやけに気になった。半分開いた扉の先に目をやる。 「最近、図書室の利用者多くないか?」 「え、えっと?」  顔を上げた彼女は困ったように眉を寄せ、それから申し訳なさそうに目を伏せる。 「すみません。聞いてませんでした」 「気にするな。急に話しかけた俺が悪い。少し休憩するか」  一度だけ、彼女は力なく頷いた。先に図書準備室の戸を潜り、図書室に足を踏み入れる。やっぱり、それなりに多くの生徒がいた。  廊下に出て、壁に寄りかかって水筒に口を付ければ、生き返った気がした。多分、彼女も同じことを思ったのだろう。彼女の顔から疲労が消え失せ、その分表情が明るくなった。  もう少し早めに休憩すれば良かった。申し訳なさを感じていると、彼女と目が合った。それは一瞬のことで、彼女はビクリと肩を大きく揺らし、目を逸らした。思わず苦笑いをしてしまう。 「あ、あの、話って何ですか?」  話してくれるから、嫌われてはないとは思うが、目が合うと必ず逸らされる。 「最近、図書室の利用者が増えたのが気になってたんだ。死体探しを始めた一週間前は、こんなんじゃなかったよな。確か、二日前からか?」 「そう、ですね。二日前くらい……」  ただの疑問で確認だったが、彼女の声が悲し気に沈む。どうやら理由を知っているようだ。  わざと何も言わず、次の言葉を待つ。彼女は水玉の水筒を握りしめ、胸の前で抱えた。騒がしい図書室を前にしているのに、彼女が静かに息を吸う音ははっきり耳に届いた。 「クラスメイトが話してたんです。3年生の先輩方が、昼休みも放課後も屋上を占拠してて、近寄れないって」  暴力を振るう話はまだ聞いたことはないものの、いつもだらしなく制服を着崩し、授業をサボることも多い、何より柄の悪い先輩方の顔が浮かぶ。 「あの先輩達も飽き性なんだよ。だから、今週には立ち去るはずだ」 「本当、ですか?」 「あぁ。だから、きっと大丈夫だ」  俺らしくもない、適当な気休めの言葉だった。案の定、彼女の憂いは消えているようには見えない。このまま放っておくと、心優しい彼女の胃に穴があいてしまいそうな気がした。  だから、慰めるために手を伸ばした。 「なっ! いったぁっ!」  猫みたいに飛び上がった彼女は、その勢いのまま壁に背中をぶつけ、痛みに顔を顰めながら、驚きと戸惑いと、嬉しさと、とにかく一度に色んな感情を見せた。 「わ、悪かった。勝手に触れて」 「こ、こ、こ、ちらこそ、ごめんなさい! 先に準備室戻ってます!」  ドアに肩をぶつけながら、彼女は図書室に飛び込んだ。  今までの中で一番大きな声だったせいなのか、彼女の驚きようになのか、心臓がバクバクとうるさい。何度か深呼吸をして、彼女の頭に乗せた手を見つめる。  やっぱり俺は、嫌われているのかもしれない。
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