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 購買部から帰って自分の席に座ると、友達と話ながら昼用の弁当を食べていた井上がゆらゆらと近寄ってきて、物珍しそうに俺を見つめた。 「あれ、珍しい。教室で食べるの?」 「そうだよ。これから毎日な」 「えっ、毎日?」  井上の言葉を無視して封を勢いよく開け、カレーパンに齧り付く。あまり甘くない、どちらかというと辛くて苦い久しぶりの味に、思わず顔を顰めてしまう。 「うわぁ、結構荒れてんじゃん」  そう言う井上の顔には心配の色が一切なく、やけに楽しそうだ。睨み付けてみても、それは変わらなかった。  そういう奴だとは知っていたし、俺はむしろ、井上のいつもと変わらない調子を欲していたのかもしれない。色んな感情に悩まされていた胸の辺りが、少しすっきりした。  無理やりカレーパンを飲み込み、牛乳で舌を落ち着かせてから口を開いた。 「一切図書室に来ないからおかしいとは思ってたんだが、さっき校庭で楽しそうにサッカーして遊んでるのを見掛けたんだ」 「例の死体探しをしてなかったってこと?」 「少なくとも最初はしてたはずだ。ただ、あいつも飽き性だからな。俺にも鈴原さんにも言わないで放り出したんだろ」  またカレーパンを口に近づけるも、井上に手を掴まれて阻まれる。その井上は珍しく、不思議で堪らないといった顔だ。睨む前に、井上はあっさり喋った。 「それで、そんなに荒れたの? でも、いつものことだよね? 今日はなんでそうなったの?」  改めて客観的な視点からの事実と、自分でも分からない疑問を突き付けられて、荒れ果ててささくれた感覚が指の先まで戻っていく。まずい、とは思いながら、どうも感情がコントロール出来なかった。  井上の手を振り払い、カレーパンを口に含む。一瞬で、みんな大好きなカレーの味が舌を支配する。 「もう、うんざりなんだよ。あいつには付き合いきれない」 「……」 「俺は、出来るだけ面倒なことはしたくない。巻き込まれたくもない。静かで穏やかな日常の中で生きていたいんだよ」  何か言いたそうに、難しそうに眉間に皺を寄せた井上に構わず、口の中の柔らかいカレーパンを噛み砕く。 「宗紀はさ、英司くんのことに関してはあべこべばっかだからね」  真剣よりも呆れを多く含んだ顔でそう告げると、井上はもう一つのカレーパンを奪って、友達の元に戻っていった。  言っている意味が分からず、口一杯にカレーパンを詰め込む。  全く、美味しくなかった。  放課後になり、しばらく運動部の活躍を眺めてから教室を出ると、廊下に彼女の姿があった。  正直、繊細な彼女と、今の状態で話をするのは面倒だったが、英司の代わりに謝らなければならず、声を掛けないわけにもいかなかった。 「昼休み、行けなくて悪かったな。一人で大変だったろ?」 「いえ……」  彼女は俯いたまま、両手を握り締める。一週間の付き合いでしかないが、そうする時は大抵言いたいことがあるか、勇気を振り絞る時のどちらかだ。今はそれに付き合っていられる余裕はない。 「本当に申し訳ないんだが、英司は死体探しを止めてるみたいなんだ」 「えっ?」  勢いよく顔を上げた彼女と目が合う。英司に似て綺麗な目を、彼女は珍しく逸らさなかった。そのせいか、途端に居心地が悪くなり、俺から目を逸らした。 「だから、死体探しは終わりだ。もう俺達は図書室に集まらなくていい」 「……」 「巻き込んで本当に悪い。じゃあ、またな」  彼女に背を向けて、昇降口に足を進める。彼女は、手でも声でも引き止めなかった。  それで良かった。早く、一人になりたかった。
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