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 家に帰り、風呂に入ってから夕飯を食べ、あとはずっと部屋に籠っていた。それでも、翌日の朝になっても、普段の落ち着きを取り戻すことは出来ず、重たい足を引きずって何とか学校に向かった。  静かな教室から校庭を眺め、耳を澄ませ、井上のいつもと変わらない調子に平穏を感じていると、大分落ち着いた。おかげで、普段通りに午前の授業を終えることが出来た。  本当に久しぶりに、友人たちと教室で昼ご飯を食べることになった時は、あからさまに機嫌が良くなったのが自分でも分かった。  そして昼休みが終わる頃、事件が起きた。あの、静かで大人しい彼女が、2年A組の教室に飛び込んできた。 「橘くんが怪我をして、保健室に運ばれたんです!」  それだけ言って、俺の腕を引っ張る顔面蒼白の彼女を前にして、俺は気持ち悪い程に落ち着き払っていた。 「少し落ち着け。怪我って、どうしたんだ? 転んだのか?」 「あの、屋上を占拠してる人達に殴られたらしくて、それでっ!」  あっという間に脳に情報が届いたのか、俺の体は勝手に動いた。そのせいで、机に膝を思いきりぶつけたが、そんな痛みを置いていくように教室を飛び出し、廊下を走った。  ふざけんな。馬鹿か。危ない事だけには首を突っ込むなって、あれだけ言っておいたのに。そんな、普段は言わない荒い言葉が次々と頭に浮かんで消えてくれなかった。  焦りに満たされた手は、簡単に保健室のドアを開けた。ガラガラガラ、と大袈裟な音が頭に響く。 「保健室のドアをそんなに勢いよく開けたら駄目だぞ、ヒーロー」  氷嚢を持った手を顔から離し、俺を指差す英司の頬も、唇の端も、痛々しい色をしていた。  背中に汗が流れ落ちる。それなのに、寒気がする。走ってきたのが嘘みたいに動きの悪い足を進め、氷嚢を奪い取って、代わりに頬に押し当てる。 「つめっ、いったいな!」  一瞬だけ顔を歪めて、英司はすぐに笑った。何も面白くない。馬鹿か、と思った。  激しく動き回る心臓と、荒い感情を静めるために、大きく息を吐く。その間、英司はずっと俺を見つめていた。その視線が、なんだかむず痒くて、痛くて仕方なかった。 「何、してんだよ」  英司は困ったように笑う。だから、何も面白くない事態なんだって。 「皆が困ってたしさ、それに、学校を見渡すには丁度良い場所かと思って、先輩たちにお願いしてみたんだけど、失敗した」  半分は予想していた。だけど、もう一つの理由は予想がつかなかった。幼馴染として、英司のことは人よりは分かっている自信があったから、少し、いや、かなり戸惑った。 「何で学校を見渡す必要があるんだ?」 「え?」  英司は、きょとん、と音が鳴ったみたいな顔をした。俺が分からなかったことが、英司にとっても意外だったようだ。
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