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僕は手元の紙きれを、一日の間に何度も見つめては心の中でため息をつく。
そこに見えるのは、「554」の数字。
つい先日までは「278」だったのに、倍近くに増えてしまった。
天国への入国時に配られたその紙には、不思議なインクで数字が浮かび上がるのだ。
その数は、役所で滞在許可証の審査を行うために、僕が待たなければならない順番待ちの人数。
どうして順番待ちの数がこんなに遅れてしまったのか、僕には分かっている。
昨日、収容所の中でサイフをすられてしまったからだ。
まさに、地獄の沙汰も金次第(地獄じゃないけど)。
金持ちや、身元がしっかりとしている人ほど、審査が早く簡単だということらしい。
僕は唇をかみしめ、きっと視線を上げる。
上等だ。要は生前の社会と同じようなルールってことだろう。
そんなのには、慣れている。
そして、それに勝ち抜くことも。
暗い収容所を出て(建物の出入りは一応自由なのだ)、僕は美しい街路の片隅でタバコをふかす男に声をかける。
「決めたよ。例の話、やろう」
「そうかい、どういう風の吹き回しかしらないが、OKしてくれてよかった」
「ちょっとがんばって、順番待ちの数字を一気に減らすことに決めたんだ。それだけさ」
「よしよし。じゃあさっそく手順をシェアしようじゃないか」
収容所の中で知り合ったその男と僕が始めることにしたのは、ちょっとした転売業のようなもの。
面接の順番がやってきた人に声をかけ、その順番(の書かれた紙)、他の待っている人に売りませんかと言うわけだ。
そして、僕らは手数料をとる。
あるいは身元を保証する書類が足りない人には、偽造してあげたり。
あるいは頼まれれば、ガードマンの仕事も請け負った。
僕のように、闇夜にまぎれて貴重品がすられることがないようにするためだ。
僕はどんな仕事でも、稼げさえするものであれば、嫌な顔ひとつせずに引き受けた。
そして僕の所持金は増えてゆき、順番待ちの数字は順調に減っていったのだ。
「まったくお前はよく働くよ」相棒の男は僕に言う。
「いや……でもちょっと楽しいというか、性にあうんだよね。こう、のし上がるじゃないけど、働いて自分のお金を増やしていくのとか、人より前の順番になっていくのとか。」
「生前もそうやって生きてたのかもな……そういえばお前、死因は何なんだい?」
聞かれた僕は何も答えなかった。いや、答えることができなかった。
冷血漢をきどったわけではなく、単純に思い出すことができなかったのだ。
その記憶だけが、僕の頭にぽっかりとした暗やみの穴をあけていた。
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