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「まあ、やるしかないだろ」相棒は冷たく言う。
「生前の世界だって天国だって、同じ仕組みなのは分かってんだろ。他人を蹴落としながら競争に勝ち抜く者だけが、楽園に入る権利を得るわけなんだから」
「……もしやらなかったら、どうなるのかな?」僕は小さな声をしぼりだす。
「そりゃあこの天国から永久追放、地獄行きってとこだろうな」
とりあえず僕は、彼女の行動を観察することにした。
どうやら彼女は、ほとんど毎日同じ道を行き来する。それは、収容所から、幼な子を遊ばせるための公園までの道だ。
そしてその道中には、交通量の多い大通りを横切る箇所がある。
「やるなら、ここだな。車めがけて突き飛ばしてやればいい」相棒は頷きながら言う。
「……」
その日から、その大通りをわたる女性と子供をこっそりと、じっと見つめることが僕の日課になった。
ただ、僕には見つめるだけで、何も行動に移すことができない。
「いつまでそうやって迷ってんだよ。お前が先に天国の正式な住人になって、俺が収容所から出るのを手伝ってくれるんだろ?」
「あ、ああ……」相棒の責めるような言葉に、僕は言いよどむ。
「じゃあ、さっさとやってくれよ。そんなこっちゃ、天国の社会に出たってうまくいかないぜ」
もしかしたら、そうなのかもしれない。
天国だろうがどこだろうが、世の中は競争社会。天国の住人たちの優雅な姿の裏側にだって、どす黒いしたたかさがきっと潜んでいるにちがいない。
それに、これは天国から課せられた試験なのだ。罪に問われる心配はない。
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