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「天国に住む資格を得るかどうかの基準は、犯した罪が生前にきちんと清算されているかということです」
担当者は穏やかに言う。
「あなたは生前、事故で2人を殺しました。確かに重い罪です」
「しかしあなたは罪を感じ、せめてもの償いにと、自ら死を選びました。その点が評価されて、一応天国の収容所入りのチャンスが与えられたわけです」
僕はあっけに取られたまま、話の筋を追う。
「とはいえ、あなたの生前の罪は完全に償われたわけではありません。それで、今回の試験が行われたのです。あなたは身を挺して2人を救い、見事合格されました」
担当官は笑顔で、一枚のカードを僕に差し出す。そこには『滞在許可証』の文字が僕の名前とともにしっかりと刻まれている。
「でも……」
僕にはまだ少し合点がいかない。
「罪のありなしが基準なら、どうして面接の順番のために、十分な所持金や社会的地位を示す書類が必要だったんです……?」
「それは、それが生前あなたが生きてきたシステムだったから。あなたが生前と同じような、誤った上昇志向にとらわれ続けるかどうかも、審査のポイントだったんですよ」
「しかし、それならどうして収容所の他の人たちも、僕と同じシステムに参加させられていたんです……?」
「ごめんなさい、それは入国以降、私たちがあなたにずっと見せてきた幻想。一人一人、審査のために違う幻想の中を生きていただくことになっているのですよ。」
そうだったのか。
じゃあ、あの高級感にあふれた天国の様子も、きっと幻想だったのだろう。
本当の天国とは、いったいどんな景色なんだろうか。
僕は滞在許可証をズボンのポケットに入れ、役所の机を後にし、歩き出したのだった。
ーーー
男は目を覚ました。
長い夢を見ていたようだった。
男は90歳を超え、死がもうすぐそこまで迫っているのをひしひしと感じていた。
彼はもう、ベッドから起き上がることもできなかった。
夢の中で見た若い男の姿は、たしかに若いころの自分そのものだった。
しかし夢と現実では、異なる部分もあった。
彼が池袋で、若い女性とその子供を車でひき殺したのは、数年前のことだった。
しかしもう社会的に昇りつめていた彼は、裁判でも、心の中でも、自分の罪を認めなかった。
地位やお金が自分を守ってくれるという感覚に、長い間慣れ過ぎていた。
ベッドの上で身動きがとれないまま、彼は一筋の涙を流した。
それは自分が天国に行けないことを悟ったから、ということばかりではなかった。
自分はどこで道を間違えたのだろうか。
彼はそれを探そうとした。
しかしもうそれを見つけることはできないということも、彼には分かっていた。
(完)
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