弓矢

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弓矢

その日は休日だったので、二人が街にやってくるとすでに多くの人で賑わっていた。 「これだけ多くの人がいると試し甲斐があるかもね」 「そうでしょう。ああ、あの人なんていいんじゃないでしょうか。なかなか良さそうな時計をつけているし、服も上等な感じです。やはり結婚相手としてはお金がなくては話になりません。どんな愛よりもまずは生活を安定させることが第一です」 悪魔が指を刺したのは、眼鏡をかけた若手の経営者風の男だった。彼はベンチに腰掛けて熱心に新聞を呼んでいる最中のようだ。 「なるほど。確かにそれは一理あると思うわ。それじゃあ、あの人でお願い」 悪魔はお任せ下さい、と言ってその男に向かって金色の矢を放った。矢が見事その男の心臓に命中したかと思うと、彼はいきなり新聞をはねのけてガバッと立ち上がった。そして、あたりをキョロキョロ見渡したかと思うと女の方へ一直線に走ってきて、人目も憚らずに彼女に愛の告白を始めた。 これには流石に女も度肝を抜かれたらしく、しばらく感激した様子でその男の話を聞いていたが、急に悪魔の方へ向き直ってこう言った。 「そんなに悪くはないんだけど…。こう近くでみるとこの人あまり若くないのね。私の結婚相手に相応しい人だからもっと若い人の方がいいかな」 「そうですか……。それでは」 悪魔は少し残念そうにして、男の心臓に刺さっていた金色の矢を引き抜いた。すると、その男は急にスイッチが切れたように先程までの愛の告白をやめにして、訳がわからないというふうに周りをキョロキョロ見渡した。そして、女に一瞥も与えずに足早にその場を立ち去ってしまった。
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