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あの夕陽の光を浴びて輝いていた絵画は、僕たちとさほど年も変わらない、たった一人の青年アーティスト。
この島で枯れ果て、荒れ地となって誰も見向きもしなかった棚田や水田が、地域復興に向けて活動を行うミチルさんや財団のボランティア、SNSを通じて移住を決めた他府県の人たちの力で、かつての美しくも懐かしい景色を取り戻している。
それならば、僕は。
僕らには、何が出来るだろうか。
「僕、専門学校卒業したら、こっち戻ってくるから」
母の目が、驚いたように少しだけ瞠いた。
「……え? あんたフランスに留学するんじゃないん? 戻ってもそのまま神戸で就職するって」
「フランスじゃなくても、修行は出来るし。それに神戸は沢山パン屋さんあるけん」
誤魔化すでもなく、僕は真っ直ぐ母の目を見つめたままゆっくりと息を吐く。
「どういうこと?」
「この島は、パン屋さん無いしさ」
「そりゃそうやけど。どしたん、いきなり」
「まぁ……夏だし」
「夏とそれと、どう関係があるんよ。ほんとに、あれだけフランス行くだの、神戸で店開くだの意気込んでたのに。なーんも無い島に戻って来るなんて、変な子やねー」
カラカラ笑い声をあげて、そう言った母の声は、隠そうとしても弾んでいるのはバレバレだ。
「嬉しそうじゃん」
「さー、どうかね。明日は唐揚げでも作ろっかね〜」
鼻歌混じりに、階段を降りていく母を感じながら、卓上カレンダーを手に取った。
紙をめくり、3月4日に赤いペンで丸を付ける。
僕たちの卒業式。
だけど、胸が高鳴るのは、そのせいじゃない。
夢を叶えるための、
僕たちの始まりの日だからだ。
FIN
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