不思議な失せモノ

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社会人になって数年たったころ、この家に引っ越した。 今まで住んでいたところより不便だけど、一軒家で周りもそんなにうるさくない。その上、家賃がやたら安い。ボロ家だから借りる人がいなくて安いんだろう、そう思って喜んで借りたんだが。 ボロ家といっても雨漏りがするわけでもなく、床がきしんだりたわんだりするわけでもなく、水回りも特に問題は無い。 ただ、なんとなく「ボロ家」という言葉がぴったりの家といったらいいんだろうか。築年数も、そこまで古いわけでもなく耐震基準もチャンとクリアしているということなんで、そこそこ新しいといってもいいと思うのだけど、どうも「ボロ」いという雰囲気があるんだ。 新しいカーテンをかけても、窓を拭き床を磨き掃除もチャンとしているのに、薄暗くじめっとした雰囲気をまとっている。 そんな家に住みだしてから、しばらくたったころだった。今でも不思議だと思っていることがあったんだ。 会社に行くのに使っている定期券が無くなったんだ。会社についてみると、いつも入れておくポケットに無かった。 半年分を買ったばかりだったので出費が痛いと、ショックで家に戻ってみるといつも帰ってきたときに置いておく下駄箱の上にあるじゃないか。 おかしい・・・。 だって会社までは普通に電車に乗っていったんだぞ。定期がないと思ったのは会社だったんだから。だいたい定期無しで改札通れるわけない。切符を買ったのは帰りだけだ。 だから会社の中で上着のポケットを何度も探ったし、カバンの中身も全部みたんだ。落としたとしたら、会社の中か駅から会社までの間に違いないんだ。 それが家の玄関の下駄箱の上にあるって、何なんだ? いや、定期が出てきたことは正直嬉しい。半年分の定期を買いなおすのは、なかなか大きい出費だ。それは素直に嬉しい。しかし、なんで家の中にあった? いくら考えても分からないので、その日はとりあえず寝ることにした。 下手な考え休むに似たりっていうから、寝てしまえ。 次の朝、普通に起きて朝ごはん食べて出勤した。もちろん定期をちゃんと確認してポケットに入れて、改札を通過し電車から降りて改札を抜けるときも定期入れはちゃんとポケットにあった。 とにかく定期入れをいつも以上に確認してたから、もし誰かが見てたら挙動不審だったかもしれない。 「おはようございます。」 「おう、おはようー。定期、みつかったか?」 同僚が声をかけてくれた。 「え、あの。ええ、お騒がせしました。」 「そうか、よかったな。」 あんまり詳しく言わない方がいいよな。無くした定期が見つかった、それでいいじゃないか。うん、玄関にあったなんておかしすぎるし。どうやって改札を2回通過して会社にいったんだ?自分でも分からないんだから、人に説明しようがない。 しかしそういうことを、つっついてくるのが上手いやつがいる。 「定期見つかったんだってー?良かったねー。お祝いに飲みに行こう。」 ああ、この人にだけは捕まりたくなかったなあ。 一つ上の事務員の女の子・・・いや、女の子っていう年じゃないけどオバちゃんなんていってヒドイ目に合ったやつがいると、もっぱらの噂の女子社員だ。 「あ、今日はちょっと用事が・・・。」 「いいからいいから。おねーさんがおごってあげるからさー。」 無理やり拉致されるようにしていくのを止めてくれる親切な人はいなかった。俺だって、関わりたくないもんなー。 で、飲みに行くといっても酒じゃなくてコーヒーだ。 ただしその辺のコーヒー屋じゃないし、スタバやドトールなんかでもない。 まあまあ名前の知れた高級ホテルのティラウンジに連れていかれた。こういうホテルに行くのは初めてだ。いままでホテルに泊まったこと自体、ほとんどない。大学受験の時に止まった安いビジネスホテル位だ。 ここはビジネスホテルより一桁くらい高い宿泊料をとられると聞いたことがある。この辺で一番大きい駅前の高層階にあるティラウンジなので、眺めも良くてこれが好きな女の子と一緒のデートならさぞかしいいだろうけど、これが別に何とも思ってない上に人のアレコレを聞きだすのが上手いと定評のある人物だ。 エレベータで上がっていく途中で、うっかりため息なんかつくと余計に絡んでくるタイプだろうから、ため息もつけない。ひたすら外の夜景を見ているふりをしているのも疲れる。 「で、どこにあったの?」 今日、何回目かの同じ質問だが他の人には適当に答えてお茶を濁したものの、この人の前ではちゃんと言わないと帰してもらえないオーラがチクチク刺さる。この人、刑事になった方がいいんじゃないだろうか。 「そ、それが・・・」 「え、言いにくい場所?」 口ごもっていると、畳みかけてくる。 オーダーを聞きに来たウェイターには、さっさと「今日のおススメのケーキとコーヒーを2つね」とこっちの好みも聞かずに頼んでるし、とにかく人のペース関係なく、どんどん進む人っていう評判通り。 「ここのコーヒー、おいしいしお代わりできるし長居しても大丈夫だし、 知ってる人もほとんど来ないから、安心してね。」 うわ、これは納得のいく返事をしないと、延々とここで粘る気なんだ。ああ、困ったなあ。本当のことを言っても信じてくれないかもしれないしなあ。 「それが・・・あの、家にあったんです。」 「え、どーゆーこと?会社来るのには切符で乗ったってこと?違うわね、それだったら会社で『定期がない』なんて言わないだろうし。どーゆーこと?」 『どーゆーこと』を連発されても、こちらが聞きたいくらいなんだけどな。 「どーゆーことって言われても・・・。俺だって分かんないんですよ。昨日、会社に来るのには定期を使ったはずなのに家に帰ったら定期があったなんて。俺が言いたいくらいですよ、どーゆーことなんだって。」 もうやけくそで、そんなことを口走ってしまった。ああ、これはなんかアレコレ言われるだろうと覚悟した。 「うーーん、そうなんだ。不思議だね。」 意外とあっさりした反応に、こちらが逆に驚く。 「ちょっと定期入れ、見せてもらってもいい?」 「あ、はあ。どうぞ。」 ポケットから出して渡す。 「へー、なかなか年季が入ってる定期入れだね。」 「それ、じいちゃんの形見なんです。去年、葬式のあとで色々片付けてたら引き出しから出てきて、それを俺が貰って使ってるやつだから。」 「なるほどー。ふーーん。」 そのまま、黙ってしまった。さすがに高級ホテルのティラウンジっぽく、ドレスを着た女の人がピアノを静かに弾いている音が流れている。そんなところでコーヒーを飲んだことがないし、なんだか間が持たない。仕方なくコーヒーカップを弄り回していると、彼女が静かに話し出した。 「わたしも似たような経験があるんだよね。」 「え?定期をなくしたんですか?」 「無くしたのは定期じゃなかったけど、何度探しても無かったものが、ひょっこり出てきたの。母方のおばあちゃんの使ってた髪留めなんだけどね。七宝焼きの綺麗な奴なの。亡くなった後で形見分けで貰って、自分の引き出しに入れておいたはずなんだけど使おうと思ったらなくって。何度探しても部屋中どこを探しても無かったのに、ある日、引き出しを開けたらちゃんとあってビックリしたことがあるんだ。」 似たような話だけど、それって誰かが引き出しからコッソリ持ち出しておいて、しばらくしてから返しておいただけなんじゃないかな。そう思ったけど、黙っていた。 「それって誰かが私の部屋に入って持ち出しただけだと思うでしょ。」 「あ、いえ、その・・・。」 「いいのよ。たいてい、みんなそう思うから。でもね、わたしの借りてるところってセキュリティ厳しいところだし、鍵かけてるから誰かが入ったはずがないの。」 「不思議ですね。」 「そんな話を親戚のおばちゃんにしたら、それは付喪神になりかけてるのかもって言われたわ。」 「なんですか?ツクモガミって。」 「古い道具に魂が宿って、神様になったって感じ?」 「なんかちょっと気味が悪いですね、それ。」 「私もそう思ったけど、おばちゃんに言わせるとめでたいことらしいわ。『そのうち玉の輿にのれるかもよ、お前さん』っていわれたわ。」 「へーー、めでたいんですか。」 「うん、でもその道具を大事にしてやらないとダメだって。」 「そうなんですね。」 「これ、大事にして上げてね。」 定期入れをそっと返してくれた。 そのあと、コーヒーとケーキを食べてから普通にそれぞれ自分の家に戻った。 「この定期入れもツクモガミになりかけてるのかな?」 そんなことをつぶやいてみたけど、定期入れは普通の定期入れだったし そのあと無くなったりすることも無かった。でも上等な皮で出来ているやつだったので時々、手入れをしてやるとなんとなく定期入れが笑っているような気がした。ちょっとじいちゃんの匂いがするような気もしたけど、それはタダの気のせいだろう。 あの後、1つ年上の事務員は寿退社をしていった。それが「玉の輿」だったかどうかは知らないけど、きっと七宝の髪飾りも持って行ったんだろうな。
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