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猫の話題は部署をこえてあっという間に広まった。女性社員だけではなく男性社員もこぞってその姿を見に行き、その日の話題は猫に関することで持ち切りだった。
アニマルセラピーという言葉がある通りその癒し効果は抜群で、なんと部長までもニコニコしており、いつもなら時間がかかる承認もすんなりと通ってしまったほどだ。
「いつもこうならいいんだけど」
だがまあ、それは叶わぬ願いだろう。明日はまたいつもの部長に戻っているに違いない。
「でも、あの猫はなんで会社においていったんだろうか」
「俺がいるからじゃね?」
定時ごろになり、猫のための環境作りが終わった眞光は、そんな答えを返してきた。
「眞光がいるからってどういうこと?」
「親くらい魔法で簡単に見つけてくれるだろうって」
「まさか」
「まあ全然いいんだけどさ、そのとおりだし」
世界で唯一認められた、魔法使いと名乗ることを許された、ただ一人の人間。
眞光という人間はそんな特別な存在だったりする。
そんな彼だから、きっと世界中のありとあらゆる所からスカウトを受けているはず。なのに、そのすべてを断って、こうして今現在、片田舎の小さな会社で働いている。その理由はいたって単純で、好きな人がこの会社で働いているから。
こうして気安く接してはいるものの、魔法の力は本物だし、本当に選ばれた人間だとわかってはいるのだが。
「……眞光に頼むと、余計に問題が発生しそうなんだよな」
「聞こえてるぞ」
「ああ、だからおいてったのか。眞光がどんな人か知らないから」
「だから聞こえてるぞ」
「でも、なんで資材倉庫?」
裏門からなら、あの第三倉庫のほうが近い。わざわざ資材倉庫まで足を伸ばして置いておく必要はないのだ。どちらもカギは開いており、言ってしまえば出入りは自由。段ボールを置くだけであれば門の前に置いていってもいい。中まで持っていく必要はどこにもないのだ。あんな箱を持って会社に入れば、さすがに警備員に止めらる。
見回りの時間などでいないときを狙ったにしても、リスクを犯して奥のほうに置いておく理由が見つからない。
「そうなると、眞光が言ったように捨て猫じゃなくてここの社員の誰かが置いてった説が濃厚だけど」
「だけど?」
「なぜ名乗り出ないのかわからない」
もし猫のことが心配で連れてきてしまったのなら、もう隠す必要はない。それをしないということは、逆に社員の誰かが捨てにきた?
「とすると、問題は僕が拾ったあの書置きか」
『この猫を、決して可愛がらないでください』
あれはどういう意図があったのだろうか。かわいがってあげてください、ならわかるが。
「変な病気持ちとか?」
「いや、俺がチェックした限り、そんなものはなさそうだった」
そんなこともできるのか。
「もちろん医者じゃないから、正確には言えないけど。生後一か月半くらいか。歯も生えてきてたし、トイレもしつけ済み。予防接種がまだだったから、そこだけは早めに済ませてあげとかないといけないな」
適当に相槌を打つ。そういわれても僕は猫に詳しくないのでよくわからない。
「ああ、そうだ。黎人くん、ゴミ捨てだけど」
「……やば、忘れてた!」
今の今まですっかり忘れていた。ゴミ台車も置きっぱなしだし、ゴミだって放置したままだ。
「大丈夫、俺がやっといた。まあ、山尾先輩に言われてだけど。んで、ゴミの分別間違いがあったって言われたから、捨てた奴を特定して、注意しといたよん」
「よん、って、そこまでわかんの?」
「残留思念みたいなもん? それを見ればわかるよ」
「そんなことできるなら、あの猫の捨てた人特定して返してきてよ」
反射的に言って、我ながらナイスアイデアだと思った。だが、眞光の表情は暗い。
「でもさ、そんな奴のところに返しても、また捨てられるだけじゃない?」
「ああ、なるほど」
となると、早く飼い主を見つけなければ。
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