鶴と、鷺と、鴨と。

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「ごめんください。わたくし、あの時の鶴です」  ドアを開けると、そこには色の白い女が立っていた。年の頃はニ十歳そこそこだろうか。  無造作に下ろされた黒髪に、若い割には地味な紺色の、膝まですとんと降りたワンピースを身に着けている。いや、そんなことよりも……。 「今なんと? 鶴?」 「えっ? あっ、間違えた!」  鶴田か鶴岡の聞き間違いだろうと当たりを付け、そんな名前の知り合いがいたか記憶を呼び起こそうとする私を、女の素っ頓狂な声が遮った。 「おらったらいつもこうだ。せっかく人間の姿で来たってぇのに、自分から正体を白状しちゃうんじゃ世話はねぇ。田舎の母ちゃんに申し訳立たねぇよ」  さっきまでのしおらしさから一転、見た目に似合わぬお国言葉をまくしたて何やら後悔する女を前に茫然とした。  ドッキリか何かだろうと思いつつも頭に浮かんだ『鶴の恩返し』というフレーズが、彼女の古風な言葉遣いによって、急激に真実味を帯びてくる。  まさか……本当にお伽話で有名な、あの鶴なのか? 「いや、そもそも私は鶴なんて助けた覚えはないぞ。 都会の男一人暮らし、せせこましく遠出もしない。野生の鶴が生息するような野山に行くことなどないんだが」 「はぁ……この家を見つけるにも苦労に苦労を重ね、幾星霜(いくせいそう)。 必死になって恩返し先を探し、やっとの思いで里から出て来たというのに……恩人はわたくしのことを忘れてしまったとは、なんたる悲劇でしょう」
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