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警官がこちらに気づいた。
俺は一目散に逃げ出した。
相手が追ってきたかどうかもわからなかったが、とにかく俺は自宅目指して走った。
その途中に空き地があった。随分前に古い家が取り壊され、雑草が生え放題になっていた。そこを横切れば近道になるので迷わずそちらに進路をとる。
その判断が間違いだった。数歩進んだところで雑草に足をとられ思い切り転んでしまった。背後からはアスファルトを蹴る靴音が聞こえてくる。
俺は這うようにして空き地から転げ出ると、再び走り出した。
自宅アパートに飛び込み、鍵をかけてから通報しようとポケットをまさぐって気づいた。
入れたはずのスマホがない。落としたのだ。ということは草むらで転んだときか。
窓を少しだけ開け、外の様子を伺う。誰かが追ってきたような気配はない。だからと言って今さら探しに戻る勇気はなかった。
しかし、あれには殺人事件の大事な証拠が保存されているのだ。そのままにしておくわけにもいかない。
迷った挙句、俺は夜が明けるのを待ってから探しに行くと決めた。明るくなれば人通りも増えるだろうし、そうなればあいつもおいそれと俺に手出しできないだろうと考えたのだ。
まさか殺人犯かもしれない警官と一緒に、その証拠が入っているスマホを探すことになるなんて。いや待て。そもそも俺はあの時、警官が人を刺したところ見ただけで、その顔をはっきり見たわけじゃない。視力が悪いので距離が離れていると細かな人相までは見えないのだ。と言うことはこの警官があの時の警官だとは限らないかもしれない。そのことを念頭に置いてみれば、真面目で優しそうなその雰囲気からは、とても人を刺すようには見えないじゃないか。
だからと言って、まるっきりこの警官を信用するのも危険なような気がする。一見人畜無害に見える奴が一番ヤバかった、なんてパターンはよくある話だ。
仮に目の前の警官があの時の殺人犯だとしよう。すると何故こんな風に俺に近づいてきたのかが疑問だ。目撃者を消すつもりならもっと他に手段があるはずなのだ。だったら彼は動画を撮られたことにも気づいていたのだろうか。目撃者だけを消しても証拠の動画が残されていれば意味はないと考えて、まずはスマホを押さえる行動にでたのかもしれない。そうなるとさっきバカ正直にスマホを落としたなんてことは言わなければよかった。
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