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1.リチャードとリラ
リチャードが、少女――リラの護衛官になったのは、三年前。リチャードが十九になり、騎士の叙任をうけたばかりの頃だ。
当時、リラは七歳になったばかりだった。初雪のような銀の髪に、その名前の由来となった花のように美しい紫の瞳。冬と春をまとう少女は、暖炉の火であたためられた部屋で、ふかふかのソファに腰かけている。
ぱちぱちと、リラの髪と同じ色のまつ毛がまばたく。リチャードを見、そしてリチャードを率いてきた自身の父と、リチャードの師を見、こてりと首をかしげた。おさなく、だからこそ庇護欲を感じさせる仕草だった。
「どなた?」
突然、父と共に知らない者がやってきたのだ。彼女の疑問は当然といえよう。警戒という言葉を知らないつたない声に、リチャードの師は頬をゆるませた。
けれども、少女の父は違った。
「リラ。人に尋ねる前に、自分から言わなくてはいけないだろう」
やわらかく咎める声だった。リラと呼ばれた少女は、ハッとしたように目を丸くすると、ソファから立ち上がる。
彼女の動きに慌てたのは、師の方だった。
「陛下。姫さまが騎士のためにわざわざ立ち上がるなど」
「うん? 最近、マナーの授業がはじまったのだ。少しばかり、つきあってやってくれ」
リラの父――今上陛下は、鷹揚にわらう。陛下に言われてしまえば、師も何も言えない。それでも、形ばかりの抵抗を示すように、しかし、と小さく呟いた。
けれども、師の呟きは、陛下には届かなかっただろう。
師が何かをいうより早く、リラの行動の方が早かったのだから。
少女が片足を引き、背筋を伸ばしたまま腰を落とす。年相応のふくふくとした丸い手が、彼女の体を包む鮮やかな青いドレスをつまんでいた。
「ごきげんよう、へいか。そしてはじめまして、騎士さまがた。
だいいち王女、リラともうします」
白銀の髪がさらりと少女の肩をすべり落ちる。
貴族様の挨拶なんて、生っ粋の平民であるリチャードにはわからない。けれども、拙いながらも挨拶をやりきった、と満足げに顔をあげる少女は、素直にかわいらしいと思った。
陛下の顔を盗み見すれば、仕方ないと苦笑しているので、挨拶の口上自体はきちんとしたものではないのだろう。だが、デビュタントすらまだの少女だ。許容の範囲だったらしい。
師といえば、微笑ましげに頬を緩めて、ゆったりと膝をつく。リチャードもそれにつづき、幼き少女に向けて片膝をついた。
「はじめまして、リラ様。陛下の護衛官のリアムと申します。こちらは、先日騎士の叙任を受けたばかりのリチャードでございます」
「りあむ様と、りちゃーど様ね」
「リラ様、騎士に敬称は不要でございます。リチャード、挨拶せよ」
「はい」
師の言葉に、リチャードはリラを見上げる。
薄紫の丸い瞳が、リチャードを見ていた。この国で春に咲く、ライラックの色だ。
「リチャードと申します。本日より、姫さまの護衛官となりました」
「ごえいかん」
「はい」
「これより先、我が身は貴女を守る盾であり、我が剣は貴女のための剣です」
大きく一度瞬きをすると、少女はじぃっとリチャードを見つめる。穴があいてしまいそうだ。
「つまり、わたしの、騎士さま?」
「はい。その通りにございます」
「わたしだけの?」
「はい」
リラは頬を赤らめて、ふわりと笑った。まさしく、花が咲くような笑みだ。
「うれしいっ! よろしくね、リチャード」
「はい、姫さま」
声を弾ませるリラとは対照的に、リチャードはどこまでも穏やかに応える。
ーー扱いやすそうなお姫様でよかった。
そんなことを、笑顔の内側に隠しながら。
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