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「災難なんてものじゃないよな、うん。」
足に力が入らず、しばらく休んで行きなさいと言われ、ぼんやりとベッドの上で座っている自分。その真横に座って優しく微笑んでいるのは、兄の拓翔だ。
ピアニストにしては珍しく、調理師免許も持っている人だ。
バイオリニストをやりつつ、パティシエ免許も持っている姉と共に、多忙な両親に代わって、いつも食事を作ってくれている……自慢の兄。
拓翔が小さく溜め息をつくと、わざと逆向きに座っている椅子の背もたれに腕を乗せ、その上に顎を乗せた。
「まぁその様子じゃ、ピアノの音とバイオリンの音、しばらく聴けなさそうな雰囲気だな。俺らが練習している時とか、大丈夫か?」
「あ……無理かもしれない……。さっきイヤホンで聴こうとしたけど無理だった……。」
繊細すぎる自分が嫌になるが、拓翔は怒った様子も見せず、優しく頭を撫でてくれた。
「それじゃ、帰りがけにどこか寄って、耳栓買って行こうか。ついでに、どこかで軽い物、食って行けばいいと思うし。」
「え……でも、ほら……外にあまり出たくないって言ってたじゃん。顔知られてるからって。」
さすがに、これ以上拓翔に負担はかけたくない。買い物ぐらい、自分で出来る。そう言おうとすると、拓翔が笑う。
「いいんだよ。俺は大丈夫だし、お前は家族に甘えることを覚えなきゃな。特に、お前自身が辛い時。」
渋々頷き、思わず目を伏せた時だった。
「あぁ、いたいた。君? 事件の目撃者って。」
突然響いた声に顔を上げると、ドアの前に私服姿の男性……らしき人が立っていた。
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