Pietà

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 ステンドグラスを見上げる。  殉教したイエス様がマリア様に抱かれている絵。それは「ピエタ」と言うのだと、いつかお父様が教えてくれた。  伏せられた目に涙は流れていないけれど。深い哀しみに満ちていて。荊の冠。聖なる痕。聖霊によって宿された子。苦しみに耐えた、神の子に対しての、尊い人への憐れみ。ようやく安らぎを得た人の子への悼み。そのすべてが込められた慈悲のまなざし。  この絵を見ると、いつも思うことがある。  お母様に抱かれたまま、お母様の代わりに死ねたらよかったな。お父様は親より先に死なないで元気に生きなさい、って、いつも自分の分のご飯もくれたけれど。それでも、私はお母様に生きていてほしかったのよ。お父様に笑っていてほしかったのよ。  お父様。どうして死んでしまわれたの?  もっと大人になって、指が長くなって、オクターブ上にも届くようになったら。色んな曲を教えてほしかった。一緒にオルガンを弾いてほしかった。  でももう、それも叶わない。私も大人になれない。さっきまで感じていた鋭い足の痛みの感覚が、もうなくなってきている。  ありったけのストップレバーを引いて、もう一度鍵盤に指を置く。きっと、これが私の最後の演奏。ペダルが踏めないのは残念だけれど、折られたのが指じゃなくてよかった。
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