Pietà

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Pietà

 砂塵が舞う夜のことだった。その日は風が強く、また雲のひとつもなく、月の綺麗な夜だった。一人の少女が歩いていた。人を伴わずに歩くには遅すぎる、夜半のことであった。  少女の歩みに迷いはなく、されど、その足取りは重く、片足を引き摺りながら、一歩一歩、着実と前へと進み続けた。彼女が目指すは山頂に(たたず)む教会であった。  小一時間ほど歩いた頃であろうか。荒れ果てた廃村へと、彼女は辿り着いた。朽ち果てるにはまだ早く、しかしながらあちこちが傷み、人が住むには適さない地であった。  少女は廃教会の扉を開いた。重く軋む音が響き渡る。扉が閉じても、外と寒さは変わらない。風が遮られるだけ()()、といった程度だ。石造の教会は閑散としており、人の手が入らないままに荒れ果てていた。会衆席は傷み、ところどころ罅が入っていた。いと高きところから光が降り注ぐ。見上げると、尖塔に合わせて交差したアーチ天井が空間をより広く見せていた。打ち捨てられた聖母マリア像の破片が辺りに散らばっており、かつての威光は失われている。  中央付近には、対角に結ばれた二つの聖歌隊席があった。月明かりで映し出されたステンドグラスの影で、聖人たちが踊っている。マルコ。マタイ。パウロ。ヨハネ。  中心にはいつもイエス様がいる。十二使徒たちに囲まれて、今や訪れるものの居なくなった会衆席に慈愛の眼差しを向けている。 「ここが、お父様がかつてオルガンを弾いていた聖堂……」
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