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リコンする!?
「あっそう。どうせわたしが悪いのよ!」
夜中、知代はお母さんの声で目が覚めた。
部屋にはオレンジ色の電球がついているだけ。布団で寝ている知代の隣には、妹の真代が気持ちよさそうに寝ている。
「べつにおまえが悪いなんて言ってないじゃないか!」
今度はお父さんの怒鳴り声がした。いつもは笑ってばっかりであんなに怒鳴ったことないのに。知代はドキドキした。
ふたりの争う声が隣の部屋から襖越しに聞こえてくる。
知代たち家族はお父さんが働く会社のアパートに住んでいる。台所からすぐの部屋がお父さんとお母さんが寝る部屋で、その隣が知代と真代が寝る部屋だ。ふたつの部屋は襖で仕切られている。
「リコン! リコン! もうリコンよ。あなたなんて最低。大嫌い!」
リコン? リコンってあのリコン!
知代はリコンという言葉を保育園で聞いたことがあった。それはつい最近のことだ。
「ねえねえ、なんで、けんちゃんち、お父さんがいないの?」
いつもけんちゃんをお迎えにくるのはお母さんだった。
「おれんち、リコンしてるから」
けんちゃんはあっけらかんと言った。
「リコンってなに?」
初めて聞く言葉だった。
「リコンっていうのは、お父さんとお母さんが別れるってこと。お母さんが言ってたけど、お父さんはもう他人なんだって」
ケッコンは知っていたけど、リコンなんて知らなかった。
そのリコンという言葉をお母さんが言ったことに知代はショックを受けた。
お父さんとお母さんが別れるなんて。そんなのいや。お母さん、リコンしないで。
泣きそうになる知代の隣で真代はスースー寝息を立てている。
真代はまだ年少さんだから、いまごろはきっと保育園の夢でも見ているに違いない。そう思う知代もまだ年長さんだ。
こんな夜中にふだんなら起きない。でもなぜかその夜は目が覚めた。
目に涙を浮かべ、知代はじっと耳を澄ます。
「大嫌いでけっこうだよ!」
お父さんが大きな声で喚いている。いつものお父さんじゃない。やっぱり変だ。
「あなた、どうかしてるわ。きっと頭のネジがはずれてどっか行ったのよ。ばかっ!」
襖が開き、ピシャリと激しい音を立てて閉まった。
知代は目を凝らす。
オレンジ色の電球の下、お母さんが両手で顔を覆っているのが見えた。
「ねえ、お母さん」
知代が呼びかけるとお母さんはビクッとして顔を覗かせた。
お母さんの頬は濡れて光っていた。
やっぱり泣いている。
知代は掛布団を跳ねのけると、お母さんに抱きついた。
「起きてたの?」
「ううん。寝てたよ。でも声がしたから」
「ごめんね。今日からお母さん、こっちの部屋で寝るから。ともちゃん、一緒に寝ようね」
お母さんは知代を抱きしめ、布団に横になった。
知代はリコンのことが気になっていた。だけどそのことを聞くことができない。口に出してしまうと、リコンが現実になりそうで怖かったからだ。
夢の世界に落ちる前、知代はお母さんが口にしたネジのことを思い出した。
頭のネジがはずれたからお父さんはおかしくなったんだ。
ネジがみつかったらリコンなんてしない。
お父さんの頭のネジを探さなきゃ。
きっとどこかに落ちてるはず。
少し気持ちが楽になって知代はそのまま眠りに落ちた。
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