【episode7】生きる

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【episode7】生きる

「生きるってなんだろうね。」 娘が私の顔を覗き込む。 生きるとは、往生するまで『食欲、睡眠欲、性欲』を探求し続けることである。 私は日々そんな風に考えている。 《食欲》 私は、元夫と離婚した後、様々な場所に移住し様々な人と出会ってきた。 その中で親しくなる人もいたが、基本的にはひとりで暮らしてきた。 故に、食事時も同様にひとりである。 ところが、ひょんなことから再び元夫と娘と共に住むようになり、人と向き合って食事をする楽しさを思い出したのだ。 すると、以前は感じられなかったある感情が浮かび上がってきた。 ひとりで食べる食事は『作業』だが、誰かと食べる食事は『愛情』という欲を満たし、物の味がより深く美味しく感じるということだ。 人はひとりでは生きていけないという言葉を聞いたことがある。 家族と離れ、再び戻ったことで私は食物の本当の美味しさを知った。 『食』は『蝕』の書き換え字として用いられることがあるそうだ。 誰かと共に楽しく食する時間の欠如は心を蝕む。 人には愛を感じながら食す時間が必要なのである。 《睡眠欲》 人は眠ることで幸せになる。 なぜなら、睡眠は『幸せホルモン』と呼ばれるセロトニンの生成を促進するからだ。 私は添い寝が好きである。 自分がよく眠れるからではない。 ベッドを共にした人がスヤスヤと眠る姿を愛でることに幸せを感じるのだ。 私と肌を重ねた男性は皆、首をひねりながら言う。 「なんでこんなに眠くなるんだろう…?」 どうやら私から謎の成分が発せられているようである。 彼らが私の体の奥深くに挿れる硬いものがスイッチでも押しているのだろうか。 白い液を放出した彼らは皆、私に見守られて夢の国へと吸い込まれていく。 私に会うことを楽しみに学業や仕事を頑張ると言う彼らの寝顔は愛おしい。 私の上でオスの表情を見せていたその人の、少し幼さを滲ませる横顔を眺めながら素肌の肩に頰を寄せる瞬間が好きだ。 彼らの体温は私を眠りに誘う。 心地好さそうに寝息を立てる愛しき人との微睡(まどろ)みは至福である。 誰かと共に心地よい時間を過ごし、セロトニンを分泌させることで幸せな人が増える。 人には愛を感じながら眠る時間が必要なのである。 《性欲》 私は常々、3大欲求の中でもっとも大切なのは性欲だと思っている。 好きな人と喧嘩をしたら食事を美味しく食べられないし、思い悩んでゆっくりと眠れない。 故に、3つの要求を叶えるスタート地点は『性欲』にあると思うのである。 どんなに腹が立っていても、ハグをすると心の(わだかま)りが溶けるから不思議だ。 キスなんてしてしまったら、もう相手のことを許すどころか大好きになってしまう。 大抵のことは肌の繋がりで解消できるのである。 互いの恋愛事情を熟知している娘が言う。 「ママ、スゴい。」 男性と楽しく過ごしてきたとケロッと話す私のスキンシップ好きには娘も苦笑いである。 こんな調子なので、日本の一夫一妻なんぞ私には無理かもしれない。 弘法大師空海は3箇所を拠点としていたそうである。 空海と同じ月日に生誕した私にも他拠点生活の血が流れているのだろうか。 私には少なくとも3人の夫が必要だ。 シーズンごとにローテーションで渡り歩く。 そんな生活が理想的。 何処かの地に一妻多夫の国があると聞いたことがある。 いっその事、別の国に行って暮らそうか。 きっと、そんなことを言い出しても娘は驚かない。 私が本当に幸せに暮らすことを願ってくれているからだ。 人には本当に自分らしく生きられる場所が必要なのである。 ーーー私を生かす全ての存在に感謝する。 そして、今日も私は終極の愛を探すのである。
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