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ご主人様と抱き枕
『裏路地占い師の探し物』<外伝>
--ご主人様と抱き枕--
カプリオがヒョーリと出会う前。遠い遠い過去の話。
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「ねぇ、ご主人様ぁ。そろそろ日が暮れるよぉ。」
もこもこの体毛を生やした四本足のカプリオの声に顔を上げると、すでに太陽は魔王の森に落ちようとしていた。なんだ、さっきから目が見辛く感じていたのは老眼のせいじゃ無かったのか。
オレは色を失った白い髪を掻き上げる。畑仕事に夢中になって汗でびっしょり濡れている。この程度で疲れるなんてオレも耄碌したらしい。
足元には村に戻って初めて収穫された野菜がカゴの底に申し訳程度に投げ込まれている。小さな恵みたちは少なすぎて、このままでは冬を越せそうにない。
タメ息を吐いて痛む体と少ない野菜をいっしょくたにして浄化の魔法をかけた。汗が消えて体がスッキリとする。荷物を運ぶのも面倒なのでカプリオに背負わせた。文句も言わずに働いてくれる良いヤツだ。
「そろそろ夕食を作らないと暗くなるよ。」
オレが戻って来たのは魔王の森の中にある廃村だ。焚き木となる原木は腐るほどあるが、薪として割った物は少ない。火に薪をくべ続けて維持するのも面倒だ。夜はさっさと寝てしまうに限る。
「干し肉の残りはあるか?」
「今日の分で終わりだよぉ。」
どうやら初めての収穫には間に合ったようだ。肉の無い収穫祭は詰らないよな。なけなしの酒はとっくに無くなってしまったが。
寝床にしている教会へと向かう途中で、オレは墓地に入って墓穴を見る。墓標が立ち並ぶ隅にひっそりと掘られた穴は、風で飛ばされてきた土で今日も少し埋まっている。
オレが居なくなれば魔獣型の魔道具のカプリオに穴を掘る術がない。廃村には他の住人は居ないし、アイツは便利だけどシャベルを持つ腕が無い。4本足だから。
日課のように墓穴を広げてやる。
そこはオレが最後に寝る場所。
神像を打ち捨てた教会の脇で焚火を作る。誰も住んでいない廃村で、教会だけに屋根が残っている。
『勇者の剣』を地面に突き刺して、鍋を吊り下げて魔法の水で満たす。初めて収穫した野菜に最後の干し肉、いつものように塩の魔法で変わり映えの無い味付けをした。
「そろそろ、ちゃんとした竈を作らない?」
「便利なんだよ。」
ちゃんとした竈を作るには多くの石を積まなきゃならない。筋力の衰えたオレの体力では心許ない。それに、残り少ない時間に必要な物とも思えなかった。
必要ならボロボロに廃屋の中に使える物もあるだろう。だが、そこまで行くのも面倒なのでオレはいつも通りに『勇者の剣』を使った。乱暴に扱っても、この勇者グルコマの剣は綻びる事を知らない。火にかける位なんてこと無いだろう。
勇者として魔王を倒したグルコマが、この村を興してから70年ほど経つ。
『広がり続ける魔王の森の拡大を止める』
その研究のためにグルコマは魔王の森の縁で暮らし始めた。彼の理想に共感した人や魔族が大勢集まって彼の場所は村になった。
だが結局は村も森に呑まれた。グルコマが生きていた頃は村の周りを徘徊する魔獣を人知れず退けていたようだが、志し半ばで倒れた彼の死をきっかけに、魔獣が近寄る代わりに商人は寄り付かなくなり、森の物を採集する事すらままならなくなり瞬く間に村は不便になった。
彼が居なくなったことで村人は離散していった。
理想を追い続ける者も消えた。
グルコマに村長をやらされていたオレも村に残る事はできなかった。オレにだって女房と息子が居たんだ。
女房に先立たれ、息子たちも家庭を持った。孫も商人として活躍している。すべてを見届けたと感じたオレはやり残したことをするために、この村に戻った。
教会の地下、その奥深くにある賢者の部屋。魔王討伐に赴くグルコマに『愚者の剣』を作って与えたという爺さんの助けを借りなければオレだけで解決できない。
魔王の森を止める事は。
勇者の最後の願いを叶える事は。
「ご主人様!吹きこぼれるよ!」
カプリオの声に我に返ると、鍋の蓋が泡を吹いてカタカタと笑っていた。慌てて鍋に『愚者の剣』をひっかけると、吊りあげて火から降ろした。大事には至らなかったが少し熱を入れ過ぎたようだ。老人の回想は取り留めなくてけない。
「だから、そんなに雑に扱わないでよぉ。」
いっしょに寝ても気兼ねが無いように、彼の顔はのっぺりと視線はぼんやりと作られている。その筈なのに今日はやけに非難の視線が強い気がする。
「良いだろ。減るもんじゃねぇし。」
カプリオの非難を聞き流してオレは鍋をつつく。久しぶりに食べる人の手で作られた野菜。荒れ果てた畑に勝手に自生している痩せ細った野菜とは違って、豊かな大地の味がする。
なにより、自分で作った野菜だ。嬉しさが違う。
「美味い。」
人が手を入れた物の方が大地の味がするとは皮肉なものだと暗く笑う。
「苦労した分、おいしそうだね。」
「ああ、ガチガチに畑が固まってたよな。」
苦労話を笑いながら、オレは鍋をつつくのを止められない。
酒が欲しくなる。
少ない食事で腹が膨れるとオレは横たわったカプリオに身を預けた。彼は誂えたように優しく体を包む。まぁ、実際、爺さんに誂えられたんだがな。
星空が美しいから今日はこのまま外で寝るつもりだ。
「オレにできると思うか?」
自問するようにカプリオに問いかけた。
彼はオレが産まれた時に作られたヌイグルミだった。赤ん坊のオレがぐっすりと眠れるように、爺さんが可愛い孫のために賢者と呼ばれるほどの知識と自分の持てる技術をすべて使って作り上げた。
ぬいぐるみとして、秘書として、友として。
特に赤ん坊がぐずらないように作られた体は眠るのに最適だ。コイツがいないと眠れくて、新婚の女房とケンカしたくらいに。
彼はオレが成長するにつれて便利に作り変えられた。赤ん坊の時は抱きつける人形で。幼い頃は引っ張って歩けるサイズの人形に。物心ついた頃には乗って走り回れるように、少しずつ大きくなった。
簡単な受け答えしかできなかった彼は、オレが村長として働く時に補助できるようにと知能を備えた。あちこちの交渉の場へと行く足となってくれたし、村人を養うための馬車も牽いてくれた。最後は、オレが死んだら彼は墓を守り続けるだろう。そう作られている。
「きっと大丈夫だよぉ。」
彼の言葉に根拠はない。村長のサポートとして働けるように算術も記録も、予測演算までできる知性を持っているのに根拠の無い無駄話を好む。
それに、どこか安心する。
オレはカプリオに身を預けたままゆらゆらと揺れる焚火に照らされた墓標の無い墓穴を見つめる。墓地に無ければただのゴミの穴にしか見えないだろう。
「明日も頑張るか。」
痛む腰を丸めて毛布の代わりにマントを引き上げオレは今日も寝る。オレは勇者とも賢者とも違う。彼らに村長にされた男で、くたびれた老人だ。
「おやすみ。」
カプリオの寝心地は変わらない。小さい頃のまま変わらない。安心する。
声もあの時のまま。いつも通り。
きっと、墓穴に入る時も同じ声で。
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<了>
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