下段の香に力あり

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 机の足の周囲にはもっさりとした埃が育っている。家族というか親戚一同揃い踏みという勢いだ。埃の下には何があるのか。触れてみようとしたが、何かが生まれて来そうで躊躇った。  よし。  ここは後回しだ。  狭苦しい中で、なんとか視線を変える。 「ん?」  なにやら異臭を放つ物体が落ちていた。 「うわっ」 「あったか?」  高橋の期待にこたえられず申し訳ない。 その怪しげな物体はなくしたと思っていた俺の靴下の片割れだった。  蘇るのは妻との会話。 ━なんで靴下片方なくなるんだよ!  ━あなたがどこかに投げ捨てたんでしょ。  ━そんなことするわけないだろ洗濯の途中でなくすなよなぁ  あのときの俺は最低だ。  でも。  あいつだって、なんか凄い文句を投げてきたはずだ。鬼のような表情で。俺だってその言葉に十分傷つけられたんだ。  俺は異臭を放つ靴下を思いっきり放り投げる。 「ぎゃぁっ」  高橋の悲鳴に、軟弱者、とあきれる。と、あの日も俺は同じことをしたことのを思い出す。あきれたように笑ってすぐ妻に背を向けたんだよ。だから、その時彼女がどんな顔をしていたのかわからない。  じゃあ、鬼顔をした妻のイメージはどこから来たんだ。って言うか、あいつどんだけいっつも鬼顔をしているんだよ。  さて、駒はどこだ。机の下に通している電気コードが邪魔で天板に寄せる。剥き出しの机の天板が目に入り、裏側に小さなシールが貼られているのが見えた。息子が貼ったのだろうキャラクターもののシール。いつからあったんだろう。毎日使っている机なのに、角度を変えてみるだけで随分と違うことが目に入る。そいえば、俺の机ってこんな色してたっけ。案外覚えていないもんだ。  ふと、頭の中が冷える感じがした。  妻の顔が思い出せない。  いや、なんと言うかずっと彼女の顔をちゃんと見た記憶がない。何か言われるのが面倒で、忙しいと言って机に向かうふりをした。ガミガミと俺を叱る妻の姿は、いったいいつの時の思い出だ? 毎日見ているはずの妻の姿が急に遠のいた。
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