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「私は、もうすぐ死ぬのですよ。それに、これは移る病だと聞きました。私は貴方様まで不幸にしてしまう」
「いいえ、それが運命だというのなら、抗ってみせましょう。貴女は死にません。絶対に、死なせやしない。それに貴女から頂けるものならば何でも嬉しいものですが、僕も貴女を置いては死ねません」
「貴方様は、本当に……」
「莫迦な男でしょう。笑ってください。僕はそれだけで幸せになれる簡単な男なのです」
自嘲するような、それでいて清々しく笑っているような声だった。まるで、私が好きで仕方がないみたいに笑った。その声にときめかずにいられるわけがない。
私とて、ずっと貴方に焦がれてきたのだ。それは恐ろしく浅ましいほどに。
「いいえ。私こそ莫迦な女です。この花束、一輪だけ、雛菊ではない花を挿しました」
それは、あの庭で我慢強く咲き誇る、私の愛した花だった。
「いつかの日に、傑さんがくださった、パンジーの花です」
「パンジー、ですか」
「ふふ、やっぱり花言葉を知らずにくださったのですね」
想像通りの彼の反応に笑ってしまう。どうやらその花の意味を知って胸をときめかせていた私は早合点だったらしい。何とも間抜けな話だ。
「パンジーの花言葉は『私を想ってください』です」
「ねえ、傑さん、私は不治の病に侵されているのです。五十嵐の忌子で、きっと満足な婚儀も迎えられない事でしょう。あの頃とは違って、元気に外を駆けまわることすらできません」
「それでも私で、よろしいんですか」
よろしいんですか、と言いながら、彼の指先に触れたがる手をおさえられないでいる。私は本当によくばりな人間だ。
ゆっくりと触れようとしている指先が、彼に掴まれる。その衝撃に顔をあげて、あの頃のような満面の笑みを浮かべている彼と目が合った。
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