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花ぞ昔の
父はすこぶる厳しい人だった。
私が悪いこと——とりわけ部屋から出ようとすると、雷の如く空を劈く声で私を詰っては頬を叩いた。
とても恐ろしい人だと思っていた。
私にとって父という存在は、同じ血を分けた優しいお父さんではなくただ私を厳しく教育する人間でしかなかった。
常に私の前に来ると険しい顔をしているから、大人はそういう顔をするのが当たり前なのだと思っていた。私にとっては、部屋で厳しく私を律する父以外に「大人」というものがなかった。
だからそんな見当違いなことを考えていられたのだろう。
「大人」が常に険しい顔をしているわけがないどころか、「父」が私以外には優しい顔を向けている事実に気づいたのは、自分によく似た顔をした女の子に出会った日だった。
その日はよく陽が照り付けていた。
うだるような暑さの中で蜃気楼のような世界に現れたその女の子は、私を見つけると私と同じく不思議そうな顔をした。
そこに鏡があるのだと言われていたら、私も彼女も、間違いなくその言葉を信用していただろう。
「あれえ、こはるがいる~」
十分に満ち足りたような顔をする女の子だった。制限されることや厳しくされることを知らなさそうな瞳で私を見つめて、恐れることもなく私に近づこうとした。
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