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見るものすべてが毒になるといわれて育った。人と目を合わせれば、その人を不幸にすると教えられたし、触れたものはすべて壊れてしまうといわれた。だから、その美しい『何か』に触れるのが、たいそう恐ろしかった。
「触ってみたらどうかな。きっとやわらかいよ」
その声が、私の全てを変えた。
高いとも低いとも思えないような声だった。私のそれに比べてしまうととても低いけれど、かといって父のように底冷えするほどの渋い低さでもない。まるで御伽噺に出てくる妖精のような愛らしい声は、私の行動を唆すように口遊んだ。
たまに遊び相手としてあてがわれる多恵と父以外の人間を見たことがない私にしてみれば、この出会いは天地をひっくり返すほどの革命であった。
その妖精は、やはり私の見たことのない顔をして、こちらを見つめていた。目が合うと途端に恐ろしくなって、顔を伏せる。とても愛らしい顔をしていた。
見たこともない服を着ていたから、この世に生きるものではないかもしれないと思った私は、本物の世間知らずだ。
ぱっと顔を伏せた私は、それ以後にどういう反応をするべきなのかもわからず、じっとつま先を見つめた。特に何の声も聞こえないことを確認して、彼を不幸にするだけではなく、彼自身を殺してしまったのかと思った。
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