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「どのように最悪なんでしょうか。この男が扱っているのは不動産でしたね。とすると、やはり強引な地上げとか?」
「昨今そんなもんで金なんざ稼げねえよ。新谷、お前頭ん中大昔のまんま止まってやがるな」
そういうものか。もちろん新谷だって、地上げで莫大な利益が上がったのはずっと昔、バブルの頃の話だとはわかっている。しかしそれ以外にどうやって。
「今は土地なんざ、転がせば転がすだけ値が下がって行く時代だよ。そんなん流行りやしねえ。こいつのやり口はもっとエグい。他人の土地を勝手に売り飛ばして、上がりを全部懐に入れちまうんだ」
「他人の土地を。そんなことができるんですか?」
新谷は、胸の奥で何かがざわりと波立つのを感じた。しかしそれが何なのかはわからなかった。おそらくはわかる必要もないので、すぐに忘れることにした。
「親類縁者とももう何十年も会ってねえ。近所付き合いも碌にねえ。社会と断絶したまま年取って、それでいて資産だけは持ってる。世の中には、意外にそういう爺婆がいるんだよ。まあ下手にそんなもん持つと、他人が信用できなくなって引き籠っちまうんだろう。
で、やつの獲物はそういう手合いだ。どういうわけか、そういう爺婆に対しては天才的に鼻が利くんだな。役所に対しても何かしらのコネを持ってるのか、あるいは他のブローカーたちと頻繁に情報交換してるのか、そのへんはよくわからねえ。ともかくどこからかそんなんを見つけてきて、強引に取り込んじまう。あるいは無理やり身柄を抑えちまうんだ。そして実印から登記書から何から何まで取り上げちまうのさ。で、ある日無理やり書かせた売買契約書と登記書持って法務局に現れる。そして土地の登記を書き換えちまう」
「それで、本来の持ち主はどうなるんです。強引に取り込まれて、そのあとは」
筧はやくざ者の地金も露ににやりと笑って、言った。「知らん。なぜなら、持ち主はそれきり消えちまうからだ」
「消える?」
それまで一切変わらなかった新谷の表情が、はじめて歪んだ。しかしそのことに、彼自身は気付いていなかった。
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