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 昼間に比べて風はずいぶんと涼しくなっていた。梅雨が明けはしたが、真夏と呼ぶにはまだ早いようだ。見上げれば半分ほど欠けた月が、ぼんやりと雲の傘を被っている。また雨になるのかもしれない、と新谷(しんたに)(わたる)は思った。だからといって、何がどうというわけでもないのだが。  時刻は午前二時を回っているはずだった。当然、あたりはすっかり静まり返っている。アスファルトを靴底が擦る音すらも、やけに大きく響いていた。  新谷は坂道の途中で左に折れ、無人の公園へと入って行った。手に提げたコンビニ袋の中には発泡酒の缶が二本。肴はない。彼の月給では、そんな贅沢はできなかった。  常夜灯の下のベンチに座り、新谷は缶を取った。塀の中で過ごした十年で、酒にはすっかり弱くなった。三百五十ミリの発泡酒を二本。それだけあれば、今夜もとりあえずは眠れるだろう。夢を見ることもなく。  明かりに群がった羽虫が、ガラスの覆いにぶつかるぱちぱちという音。ときおり、はぐれたように彼のところまで降りてくる虫もいた。普通の人間なら、鬱陶しいと感じるのかもしれない。しかし新谷には気にならなかった。  一本目の発泡酒が空になり、頭の芯がちょうどいい具合に痺れはじめた。新谷は空き缶を片手で潰し、もう一本へと手を伸ばす。そのとき、かつかつという硬い足音がかすかに聞こえてきた。  音は坂の上のほうからだった。斜面を削って無理やり平地を作ったようなこの公園は、こちら側の入り口は道に面しているが、奥は切り立ったコンクリートの壁に囲まれていた。そしてその壁に沿って、上から降りてくる急な階段が設えられている。  やがてその階段の上に、ひとりの女の姿が見えた。おそらく、仕事帰りの水商売の女だろう。酔っているのか足取りはゆっくりで、どこかおぼつかないようにも見えた。
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