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山奥に住む前の、ある日の朝。
「おかあさん、出来たよ」
「・・・あーあ」
朝食を作った私に向けられた、言葉にもならない言葉。
僅かに開かれた口の端からは、粘液が無機質に滴る。
焦点の定まらない瞳は、まるで動物のように朝食の皿の上に注がれていた。
彼女は朝食の置かれたテーブルにつくや否や、
脇に置かれた銀食器には目もくれずに、しわがれた手で、朝食のベーコンを鷲掴みにして食べ始めた。
その光景をただじっと見つめる私。
顔を食べ物でぐしょぐしょに汚した母の姿。
変わり果てた母の姿を、他人事のように見つめられるようになったのは、いつからだろうか。
「うなあ」
「今持ってくるね」
うなあは、「水」のこと。
私は急いで、水を汲むと、彼女の前に差し出した。
両手で抱えて、瞳を輝かせながら、とんでもない勢いで飲み干す母。
口元から溢れた水が、食べ物の粕と混ざって床を汚す。
足元に飛び散ったその液体を見つめながら、私は思った。
もう、限界かもしれない、と。
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