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母はよく街を徘徊した。
きっと、ずっと家の中にいるのは窮屈だったのだろう。
私が仕事に行く時、家の鍵を閉めていても、上手い具合に鍵を外して、
外に出歩いた。
けれど、母の認知機能では、当然一人で外を出歩くこともままならない。
ある日は大通りの中央で、車にクラクションを鳴らされ大泣きした。
ある日は、近所の畑を泥だらけで荒らしてはしゃいでいたところを、
オーナーに見つかり、トラブルに発展した。
ある日は…。
母の奇行が続いたある日のこと。
近所の人々の中で、唯一最後まで私たちと親しくしてくれていた女性が
疲れた笑みであるチラシを私に見せてきた。
「かずえさん、ここ、どうかしら…?」
それは山奥の、廃墟のような小さな家屋。
数十年前に資産家が建てたきり、捨て置かれていた、コテージ。
「ねえ、どうかしら…?」
どこか必死そうな、見たこともないような瞳を彼女は向けた。
その時私は、もうここにいることはできないのだと悟った。
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