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ろくろを回して春を待つ
工房で仕事をしていたら、クマがカステラを持ってきた。得意先でもらったとうれしそうに話している。
「いらないから。クマが食べれば」
「そう言わずに!美味しいんだよ?」
「自分の心配をしなよ」
それでもクマはカステラを置いていった。クマの体は少し外の冷気をまとっていた。
クマはこれから長い間眠るのだから、栄養を取らなければならない。だからこれは自分が食べるわけにはいかない。
腹を空かせたクマが上がり込んできたあの冬、自分はもうおしまいだと思った。その年一番出来のいい器が完成するはずだった。器が完成するまで食事は待ってくれと言った。クマは待てないと言って台所へ駈け込んだ。先に家の食料を食べたいらしい。少し時間の猶予ができたわけだから、焼くまでできなくても、せめて形だけでも作りたかった。
しばらくしてクマが台所から出てきて、工房から引きずり出されて、
鍋をふるまわれた。
「あなたがつくってた器、とてもきれいだけど、できるまで待てなかったから別のを借りたよ」
クマは律儀に小さい器によそって鍋を食べていた。仕方がないから大きめの器を作ってやった。
空気が冷たくなるほど、クマはぼんやりする時間が長くなっていった。店に来た客は、クマの顔が見えないと残念そうにした。
そして雪の降った晩、クマはいよいよ冬眠に入ると言った。
「困ったときはお隣のタヌキを頼ってね。よろしく伝えてあるから。…向かいのヤマネは…多分冬眠、してるから、起こしちゃ…だめだよ」
ここまできて同居人の心配とは、お人好しで困る。
「……私は、絶対、起きるから……シカ、春まで元気で…」
「…早く、寝れば」
そうじゃないと平気な顔が保っていられない。
「……ふふ、……おやすみ」
クマは笑って、すうっと眠りに落ちた。明日も明後日も起きないのだろう。それでいい、春まで寝ていればいい。
寝室の明かりを消して工房に戻ろうとした途中、台所から甘い香りがした。一番出来のいい器に、不格好なカステラが載っていた。
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